彼と彼らの日常。







天使のゆびきり




「蔵りーん!こっちよーん」


十年ぶりに訪れた街、十年ぶりに訪れた店。
そして十年前と同じ席に、彼らはいた。


「堪忍な!急に仕事入ってしもて…遅れたわ」

「大丈夫よーまだ来とらん奴かて、おるし」


肩で息をしながら詫びると小春は笑い、その言葉に他の連中を同意の意を示すかのように頷いた。
見てみれば、確かに頭数が足りない。右から小春、ユウジ、謙也、小石川、千歳、そして俺…ちゅーことは、ひょっとしなくても。


「よっしゃ!財前くんには負けんかったで」

「勝ち負けの問題、ちゃうやろうが…」


俺の言葉に小石川は頭を抱えてため息を吐く。そんな様子に他の皆が笑う。
まるで高校生の頃に戻ったみたいだと、錯覚した瞬間だった。




***




「ちゅーかもう十年かぁ…時間が経つんは、早いわなぁ…」


ウエイトレスさんが運んで来てくれたコーヒーを一口含んでから。感慨深げに俺は言葉を発する。その台詞自体が何だかオッサンくさかったが。まぁ俺も今年28になったんだ。多少オッサンくさくなっていても、仕方ない。
俺自身は勿論のこと、同じテーブルを囲む皆もすっかり老け込む…とまではいかないが、どこか落ち着き払った印象と、歳からくる威圧感を人に与えるような、外見になっていた。


ただ一人、小春を除いて。だが。



「いやーね、皆。すっかりオッサン臭くなってしもて…一緒に居るん、恥ずかしいわ」


しっしっと、手を振る彼は、十年前とあまり変わっていない。
当時から書いていた小説が何だか賞を受賞して、今ではすっかり売れっ子小説家様になった小春は、この中では一番顔が売れていると言っても過言ではないだろう。今日も変装の為やと、でっかいサングラスをしている。そんなサングラス、クライアントの奥さん方がよぉしとったなぁ…と、妙に似合うそれを見ながら思った。


「オッサン臭いて…自分が老けとらんだけやろ」


相変わらず炭酸飲料を注文する忍足は、小春の次に顔が売れている人物であろう。
「俺は女の子が大好きや!」の名言(迷言?)を、在学中に残した彼であったが、ホストをやりながら唯一の特技であった絵画の勉強を続け。その腕が認められ、今では日本画壇にこの人あり、とまで言わしめる人物となってしまった…ホンマ、人は見かけによらん。


「そうっちゃ。小春はちっとも、変わってなかねー」


以前にも増してのほほんとしている千歳は、背こそ伸びていないが鬱陶しかった癖毛が大分短くなり、ちゃんと“大人の男”に見えるようになっていた。
今では宣言通り、中学校教師をやっているらしい。渡邊先生との仲について聞きたい気もしたが、それを聞いたら長くなりそうなので止めた。


「…まぁ、小春はいつまでも、小春なんやろうけどな」


小春と同じくらいの背丈だったユウジは、高3の終わり頃からぐんぐんと背が伸びて。卒業時に「まだ成長期中やねん…」と言っていた通り、その頃よりもまた更に背が伸びたように感じられる。
伸びた前髪をかき上げた手に嵌められている指輪は、彼がデザインしたものだろう。前、雑誌で紹介されているのを見た。ユウジは今、服飾関係のデザイナーとして修業中らしい。俺からみればもう立派に一人前だと思うのだけど。本人は頑なに、自分は修行中の身だと言い張った。


「なんやろ…ユウジの言葉、妙に納得できてしまうわ」


そして小石川。
彼は今石田さんの跡を継ぐべく、グループ会社の一つの役員として働いている。身につけているものは全て、ぱっと見には判別できないが、一流の品であることは明らか。髪型を変えたせいだろうか、以前よりもイケメン度が上がった気がする…さっきから他のお客さんやウエイトレスさんちらっちらこっちを見て来るが、十中八九、小石川目当てだろう。くそ、べ、別に羨ましくなん、ないもん。


そんなことを、考えていた時だった。悲鳴のような嬌声が、入口付近から聞こえる。何や、芸能人でも来たんか?そう問いたくなるような、声だった。



「お、光来たんやない?」

「あら、案外早かったわね」

「どーせここまで、タクシーでも使うたんやろ」



それに忍足と小春とユウジが反応を示す。
そして歓声を引き連れたまま現れたのは、一人の青年。




「…はよ」

「はよ。ちゃうわ!もう昼やで昼!」

「…やったら、こんちは」

「そうそう、こんにちはーってぇ!もっと他に言うことあるやろが!」



ばちーんと、小春の華麗なツッコミが決まる。その様子に相変わらず抜けとるなぁと、忍足は笑いを零し、ユウジは周りの人たちに騒がしいしてすんませんと、頭を下げて回って居る。


だが、俺と小石川、そして千歳は目が点になったまま。少し頬を赤らめながらメニューを持って来たウエイトレスに、チョコレートパフェを注文した青年を、凝視していた。凝視することしか、出来なかった。



「…何や白石、相変わらずアホ面しとるなぁ…」



俺の隣に座った青年が、にやりと口角を上げて笑う。
その笑顔にようやく、俺の記憶の中にいる“彼”との繋がりが見えた。だが。




「な、何でそないでかなっとんねーん!!ち、ちいさくて可愛かった財前くんは、何処へ行ってしもたんやぁぁぁ!!」




店中に俺の絶叫が響いたのと、謝罪周りに行っていたユウジが戻ってきたのはほぼ同時だった。





***










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