「何やっとるんや光!ちっとも機、織れとらんやないか!…さては、自分が光のこと誑かしたんやな?」

「ちょ!違います白石さん!金太郎は何も…」


いつものように牛を追ってきた金太郎と、寝転がって話をしている時だった。


普段なら絶対に現れたりしない天帝夫婦の片割れである白石が、光の様子を見に来たのだ。


金太郎が帰ったら織ろうと、全く手付かずだった機を見た白石の顔が、みるみる強張っていく。
彼の中での光は、従順な少年であり、例えその想いが伝わっていなかったとしても、愛すべき子どもであった。

そんな光が、自分の言いつけを守らないわけがない。
きっと金太郎が光を堕落させてしまったのだ。


白石の頭の中では、その図式が簡単に成立した。



「黙り!…自分、天帝の子ぉにこないなことしよって…覚悟は出来とるんやろなぁ?」

「やから、金太郎は何もしとりません!俺がサボっとっただけっすわ!!」



底冷えするような声を金太郎に向けると、必死な顔をした光が抗議をしてくる。
その必死さすら、白石にとっては金太郎によって仕組まれたことにしか見えず。あんなに従順でかわいかった光をこんな風にしやがって、という怒りを増長させることにしか、繋がらなかった。



「金太郎言うんか…お前をこの天界から追放したる!牛らも一緒や!!もう二度と、光の前に現れるんやない!!」



この天界において、天帝の言葉は絶対だ。


白石が言葉を発した途端、金太郎と牛たちの身体が宙に浮く。恐怖からかいつもよりも大きな声で鳴く牛に、白石は眉を顰めて耳を塞ぐと、顔を背けた。





牛たちの声が段々と小さくなって行って、そしてとうとう聴こえなくなってしまった。



残されたのは、じっと空を見上げる光と、ゆっくり耳に当てていた手を外した白石だけだった。




「ほれ光、邪魔モンは退治したったから。自分は俺の言うことを聞いとればえぇんや。そうすればちゃんと、幸せにしたるからな」



先ほど金太郎に向けられていたものと同じ人物が発しているとは思えない程、優しい色の言葉が紡がれる。


そんな白石の方はちっとも見ないまま、光は小さく頷いた。











金太郎が天界を追放されて、数か月が経った。


光は相変わらず機を織り、そして益々孤独になっていった。
金太郎が追放されたことが公になると、彼に近付く者はいなくなった。


そしてもう一つ、変わったことと言えば。



「…携帯、川に落としてもうたんで。また買うて欲しいんっすけど…」



光の携帯が、新しくなったことくらいだ。

前は真っ黒だったが、今度は真っ赤な機種に変えた。インターネット機能も前より進化している。ツイッター対応らしいが、白石も小石川も、そんなことよく分からなかったので、光が望むがままに、それを買い与えた。


それを使って光が、何をしているかなんて、全く気にせずに。
彼らはただ、金太郎や牛を追放したことで光が従順でかわいい子どもに戻ったのだと、盲目的に思い込んでいた。




金太郎たちが追放される時、白石は耳を塞ぎ、彼らから顔を背けていた。
だから、彼は気付かなかったのだ。



「金太郎…!!これ、持って行って!充電は、こまめにするんやで!!」

「おん!わかった!!…ひかる、必ず迎えに来るから、待っとれよ!!」



光の手から、自分たちが買い与えてやった携帯電話が、金太郎の手へと渡されたことを。





「…天界のすみで穴見つけた。ネットで仕入れた情報によると、ここ通ればそっちの世界に行けるらしいで…と」



メールを送信する。するとすぐに、金太郎から返信が来た。


最初のうちは操作に手間取っていたのか、返信が届くまでに数時間を要していたが。今ではもう馴れたもので、数分と置かずに返信が届くようになっていた。


それだけ長い時間を、二人は携帯というツールを介して重ねて来た。


通話だと、いつ誰に聞かれるか分かったものではないから。本当は金太郎や牛たちの声を聞きたいと思ったが、それは我慢して。

昼は機織りの傍らでメールをして。夜は寝る時間を削ってネットやツイッターを活用し、ここから抜け出し、また二人で過ごす方法を探していた。



それがついに、見付かったのだ。




「なになに…ワイもこっちで穴見付けたで。多分そっちと繋がっとる思うから、迎えいくわ……ったく、あん時の言葉、ちゃんと覚えとったんやな」



届けられた言葉に、自然と顔がほころぶ。
今となっては光が笑顔を見せるのは、液晶画面上に表示された、金太郎からのメールを読む時だけだった。



「なら、今夜12時に穴前で落ち合おう。待っとるわ…送信っと…いよいよやな。金太郎」



真っ赤な携帯電話を握り絞め、顔を上げる。



そこにはあの時と同じ、真っ青な空が広がっていた。





翌日。

天界は皿をひっくり返したような大騒ぎになる。
天帝夫婦の大事な大事な息子が、忽然と姿を消してしまったのだ。


白石はショックで寝込み、一人で政務を取り仕切っていた小石川は過労で倒れてしまう。
これ幸いと、兼ねてから天帝の独裁体制に不満を持っていた民衆が立ち上がり、クーデターを起こしたとか起こさないとかいう話もあったが。



「ひかる!待たせたな!!」

「…ホンマや。アホ」



天界から遠く離れた世界で、一人だった牛飼いの少年がいつの間にか二人に増えていたことには、誰も驚きはしなかった。




***



 
「っちゅー夢見たんやけど。ひかるはワイと、駆け落ちしてくれる?」

「その夢で、どこをどうしたら、駆け落ちする言う話になるんや」

「取り敢えず、敵は白石やな…ワイとひかるの邪魔するなん、白石のクセに生意気や…ちょお白石ノして来るから。待っとってや、ひかる」

「ぶちょー!本気で逃げて!!!」






End.






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