こんな七夕伝説があったって、いいじゃない。





レジェンド・オブ・七夕





「あーだっるいわー」


そう言いながら機織り機の横、携帯のキーを叩く。
今時機織りとか、流行らない。こんな汗水流して一目一目丁寧に織り上げた布だって、その辺で売られている化繊で出来た安価な布と大して変わらない値段で取引されてしまう今、こんなことやっても意味がないように感じてしまう。

それに今は携帯電話からでも簡単に世界のありとあらゆるところへと、アクセスできる。その世界では自分のブログにちょっと広告載せるだけで金が入ってくるものもあったし、ちょっと会って話をするだけで金をくれるという奇特な人間もいた。


そんな世界を垣間見ながら、なんで自分は機なんて織っているのだろうと。機織りの光は大きくため息を吐いた。




機織り一族の内でも一番器用だった光は最近、長年子宝に恵まれなかった天界一の権力者・天帝夫婦である白石と小石川の元に養子として迎え入れられた。
どっちを父親と呼べばいいのか分からないような天帝夫婦…?ではあったが、機さえ折っていれば多少の我儘も許してくれたし、こうやって欲しくてたまらなかった携帯電話も買い与えてくれた。


それが、光を堕落させるきっかけになるとも知らずに。




「ひかるー何やっとるんやー」


遠くから牛の鳴き声と共に、聞き慣れた声が響いてくる。見なくてわかる、その声の持ち主は光の幼馴染の牛飼いの少年、金太郎だ。

天帝夫婦の養子となった途端、それまで呼び捨てにしていた名前に「様」なんてつけて、余所余所しい敬語なんか使い始めたかつての仲間たちと違い、金太郎だけは光を呼び捨てにし続けた。
実の家族ですら、光のことを「様」付けで呼ぶ。
それがまた、彼の孤独を増す要因となっていた。



「…自分、仕事は?」

「今やっとるやん。今日はモー子もベー子も、皆元気やで!」



許可もなく、未だに携帯電話の画面を見つめている自分の横にどかっと腰を下ろした幼馴染に、光は何でもないように聞く。そんな言葉にも金太郎は、とても嬉しそうに微笑んだ。

そう言えば、遠くに聞こえていたはずの鳴き声とカウベルの音がとても近くに…真後ろから聞こえる。振り向けばそこに、牛の顔。



「…モー子か、久しぶりやなぁ」



そんな牛に動じることもなく。
光が声を掛けてから顔を撫でてやると、牛は嬉しそうに一声鳴いて、光の顔を舐めた。
ざらっとした舌の感触と、あとからくるぬめっとした唾液が頬を伝うのは、正直好きではないが。それでも不快ではなかった。



「モー子ばっかずるいで!ワイもひかるんこと舐める!」

「舐めるなや!!」



液晶画面から外した視線を、喜んでいるのであろう、尻尾を振り続ける牛に向けていると。視界いっぱいに幼馴染の顔が現れる。
そう思ったらそのまま押し倒されて、顔がぐっと近付けられた。

本当に舐められるかと思うくらいの距離に達したその顔を、冗談じゃないと言わんばかりに、光は必死に引きはがす。そんな光の態度に、金太郎は頬を膨らませて抗議してみたが、そんなことされてもちっとも堪えない。面白いだけだ。

暫く真剣に金太郎の顔を見ていた光だったが、とうとう笑い袋の緒が切れてしまったのか。普段の彼からは想像出来ないくらいに大きな声で笑い出して。
釣られるように金太郎も、笑った。


それから二人機織り機と牛たちに囲まれる中寝転んで。真っ青な空を眺めながら、色々なことを話した。


金太郎と過ごす時間だけが、光にとって「本当の自分」でいられる時間であり。また孤独を感じずに過ごせる時間だった。


天帝夫婦も屋敷の人間も、彼にはとてもよくしてくれた。
でもそれは、彼の機織りの能力が他人よりも秀でていたから。それだけの理由からだ。


自分が機を織らなくなったらきっと、見向きもされない。


そんな思いが、光の中にはずっとあった。



だるいといいながらも、携帯から覗き見る世界に憧れを抱きながらも、彼が機を織り続けるのは、そんな想いがあったから。



だけど。
金太郎だけはどんな駆け引きもなく、自分を見てくれた。本当の意味で光の我儘を許してくれる人間は、金太郎だけだった。



太陽が昇ると機を織って、時々牛を追いながらやってくる金太郎と話をする。



それだけでよかった。
それだけで、幸せだった。







そんな幸せが壊されたのは、突然のことだった。











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