彼と彼らの日常。01 「…ほんで、小石川クンは俺に、何して欲しいん?」 完全に油断していた。よりにもよって、こいつに見られるなんて。 「別に、ただ…ただちょっと、手伝うて欲しいこと、あんねん」 俺の野望を次々と打ち砕いた、俺以上に勉強が出来性格も良くスポーツも万能な(あかん、段々腹立ってきた)小石川なんかに。 俺の“本当の姿”を、見られるなんて。 白石蔵ノ介の事情 小さい頃から人に褒められることが好きだった。 褒められる為に、完璧であろうと努力し続けていた。 例えそれが、偽りの姿を褒められているのであったとしても。本当の自分を見つけてもらっていないのだと、しても。 中学までは順調だった。周りに俺より出来る奴なんていなかったし。部長を務めていたテニス部は全国でもトップレベル。ルックスも自分で言うのもアレだが良い方の部類に入り、結構モテた。 このままの調子で府内でも有数の進学校に進学。勿論総代として壇上で挨拶をし、華麗に高校デビューを飾るはずだったのに。だったのに! 自分が上るはずだった壇上に上ったのは、目の前にいる小石川健次郎。 トップ入学の座を、俺から奪った男。軽やかに壇上に上がり、朗々とした声で新入生総代挨拶を述べるこいつに。 全新入生(除く俺)が、魅入っていた。 それからは散々なもの。よりにもよってこいつと同じクラスになってしまったもので。常に比べられる毎日。どんなによくやっても「白石君も凄いけど、小石川君も凄いわよね〜」だ。 どれだけ俺が努力して、完璧であろうとしても。小石川はそんな俺の一段上を、常に余裕で歩いていた。 それから毎日毎日、血反吐吐く程努力した。本当は続けるつもりでいたテニスも諦め、学校が終わるとすぐ帰宅、それから就寝時間までひたすら勉強勉強…ぶっちゃけ入試の時以上に勉強した。何事にも完璧である為、部活には入らずとも体力づくりも忘れずに。 その結果、高校最初のテストで俺は、学年首位に輝いた。皆が俺を絶賛する。称賛する。 この言葉を待っていたのだと、何でもないような笑顔でそんな言葉に応えていながらも、腹の底では笑いが止まらなかった俺に。 「白石君て、凄いんやな」 小石川は厭味のない笑顔で、そう言った。 こいつには敵わないと、自分の厭らしさを見せつけられた、瞬間だった。 だからと言って、何かが変わるわけでもなく。 俺はそのまま変わらず、完璧であろうとし続けた。嘘を重ね続けていた。 それでも小石川は俺の前をずっと、歩き続けていた。 そんなある日。 たまたまやった。休みの日だからと気を抜いていた。いつもなら絶対にしないようなミスを、俺は犯してしまった。 「…えと、白石君、やよな?」 「…人違い言うたら、見逃してくれるんか」 近所のゲーセンで妹と格ゲー勝負してめっちゃはしゃいでいる所を、こいつに目撃された。 その時の俺の格好。上下中学ジャージに黒ブチ眼鏡。足元は便所サンダル。 最悪だ。最悪過ぎる。 この時ほど死にたいと、思ったことはなかった。 この時ほど自分の行動を、呪ったことはなかった。 そして冒頭に至るわけなのだが。 「なんやねんこの書類の量は!ちょっとやないやろちょっとや!」 「しゃーないやろ、俺疲れとるんやし。部活行ってくるさかい、帰るまでにやっといてな」 「ちょ!待てやこの!!」 その日から俺の、ある意味奴隷生活が始まった。 放課後、他のクラスメートたちの姿がなくなった頃を見計らい、小石川は大量の書類を持って現れるようになった。その全てが本来ならこいつがやらなければならない仕事で。生徒会から修学旅行実行委員、体育祭に文化祭…こいつ一体、いくつ委員会やらを掛け持ちしているんだ?と疑問に思わない日がないほど、その内容は多岐にわたっていて。 「おー終わっとるやないか、えらいえらい」 「えらいやないわ!ちゅーかこれくらい、この白石蔵ノ介に掛かればどうってことないわな!」 「ふーん…なら明日も頼むわ。よろしゅうな」 「はぁ!?いい加減にせぇよ!?」 毎日このようなやり取りをして、そして駅まで一緒に帰る。 そんな日々が続いていた。 そんな日々を本気で嫌だと思えない、自分もいた。 普段他の人間には見せない姿を、表情を見せ奔放に振舞う小石川に、好意に似た感情を抱いていることに。 気付いたのは5月。連休に入る直前。 それと同時に俺はこいつにとって友達なんかではなく、ただ弱みを握って上手く利用している相手でしかなかったことを思い出したのも、それと同時期。 それに気付いた時、無性に腹が立った。 小石川にとって俺はいつまでも、対等ですらないことに、対等に見てもらえないことに、 腹が立った。許せなかった。 小石川にも。そんな小石川に近づきたいと思ってしまっている、自分自身にも。 だから。 → |