「実はな…俺、セロリそない、好きちゃうねん。寧ろ、嫌いっちゅーか…」



立ち話も何だからと、部員たちが練習に出ていってしまっている為に無人となっていた部室で、話すことにする。俺が腰を落ち着けたのを見て、逃げないと確信したのだろう。財前たちも向かいに、座った。

そして俺が形にした真実が、先ほどの言葉。


そう、俺小石川健二郎は。セロリが嫌いなのである。


ミネストローネや野菜ジュースに、少し入っているものすらも、許せない。入っているとわかった時点で、捨てたくなる。段々と増していくセロリの匂いに、何度このセロリ束たちを捨ててしまおうかと、思ったくらいだ。

繰り返し渡されるセロリに、俺って実は、嫌われているんじゃないか?と、疑ってしまった。皆がそんなことするわけないって、わかっているのに。


「……ぶちょー、騙しよったな……」


そこまで言うと、悔しそうに爪を噛み机を見つめた財前から、地を這うような声が放たれる。

その様子も十分驚きに値するのだが(基本、財前は俺の前でそんなことをしない。謙也は知らないが)、それよりもその口から飛び出した、単語が驚愕の対象であって。


「…え?白石が、どないしたん?」


彼がぶちょーと呼ぶ人間は、この学校では一人しかいない。
そう、日付変更と同時におめでとうメールをくれたのに、今日になってからは一度も顔を見ていない。


俺の所謂“恋人”である、白石蔵ノ介、ただ一人だ。



「……あんなー白石に、誕生日プレゼントあげたいからけんじろーの好きなもん、教えてやーって、一昨日行ってきてん。そん時にな…」



金ちゃんから歯切れ悪く告げられた言葉は、財前の言葉以上の衝撃を俺に与えた。



「けんじろーの好きなモンは、セロリやよって。セロリ束にしてあげたら、喜ぶでって、教えてもろたんやけど…」



その言葉に、目の前が真っ暗になり、足元がガラガラと音を立てて崩れ落ちる感覚がした。白石が俺の好物を、間違えたってことに対して、じゃない。白石がそう簡単に、俺の好物を忘れるはずがないことを、俺自身が一番よく知っているからだ。


そこではなく、俺が衝撃を受けたことは。



「…白石、そない俺んこと、嫌いやったんか…な」



白石がワザと嘘を教えて、間接的にではあるが、俺にダメージを与えていたと言う事に対して。白石にそこまで嫌われてしまっていた、自分に対して。

そんなにも嫌われていたなんて。なのに今まで俺は彼の気持ちに気付くことなんて、ちっともなかった。気付けなかった自分にも、腹が立った。

目の前で何か財前と金ちゃんが心配そうな顔をして、何か俺に言葉を掛けてくれていたが。それにどう返したかは、記憶にない。そしてどうやってここに辿り着いたのかも、わからない。

だが気付いた時俺は、3年2組の教室の前に、立っていた。
放課後教室で待ってるって、今日一番早くに届いたメールに、書いてあったから。

それを受け取った時の気分は、今とは天と地以上に差がある。勿論、今が地の方。寧ろ地下と言ってしまっても、過言ではない。



「遅かったやないか。小石川」



扉を開けると、そこには白石一人しかおらず。その白石は自分の席に座ったまま、こちらを向いた。



「…なぁ、なんで金ちゃんたちに嘘、教えたん?そない俺んことが、嫌いなんか?やったらこない、間接的にやなく、正面から言うてくれや…ちゃんと、別れるから」



その顔を真っ直ぐ見ることができない俺は、汚れた床に目を落としながらそう、一気に言った。言ってしまった。

でもこれで、よかったんだ。気付かないフリをすることも出来たけれども、これでよかったんだ。
もうこれ以上、白石に嫌な思いさせるわけには、いかないから。なんて。只単に俺がこれ以上、苦しみたくないからっていう、ただの防衛本能から出た言葉なのだけれども。


ガタンと、大きな音が鳴る。その音に顔を上げた途端、胸に軽い衝撃と、背中に感じる圧迫感。


上げた顔をもう一度ゆっくり下げると、俺の胸のあたりには、さらさらとした髪の毛。目の前にはその持ち主である、白石の身体。背中に回されている腕にぎゅっと力を込める、白石の姿。



「なんで、そないなこと言うんや…」

「やって白石、俺がセロリ嫌いなん、知っとるやろ?」

「阿呆!」



震えるように紡がれたか細い声に、少し焦りながらも言葉を返すと。背中に回されていた腕が解かれ、勢いよく胸を叩かれる。
その時になってようやく見ることが出来た白石の顔は、いつもより眉は釣りあげられて、あぁ怒っているなって分かる表情をしていたが。相変わらずに、綺麗な顔をしていた。

ぼうっとその顔を眺めていると、益々その整った眉を吊り上げた白石にもう一度、胸を思いきり叩かれてから。



「そんなん!小石川が好きなもんとか、知っとるんは俺だけでえぇねん!お前が好きなもんは俺だけが、分かっとればえぇんや!」



そう叫ぶとぷいっと、顔を逸らしてしまった。そのことによって晒された耳が真っ赤に染まっていることを、彼は気付いているのだろうか。

そんな姿に、そして部室からここに来るまでの俺の絶望感に、思わず笑いが溢れだしてしまった。
げらげらと笑い転げる俺に一度だけ、笑いごとやないわ!って怒鳴りつけてから、白石も一緒になって笑った。





それから一緒に並んで歩いた帰り道。別れ際になってから白石から渡されたのは。


俺の好物である、パセリの花束だった。



皆からもらったセロリは、母親に渡したら何種類もの料理に姿を変えた。ケーキやフライドチキンやらと一緒にテーブルに並べられたそれは、意外にも美味くて。


「…なんや俺、セロリ食えるやん」


噛みしめる度に、これを差し出してくれた時の皆の笑顔と。
それと耳を真っ赤にした白石の顔が、蘇った。



大嫌いだと思っていたものが、好きになれた。
好きだった人のことを、もっと好きになれた。


そんな15回目の、誕生日。


それに気付かせてくれた皆にもう一度ありがとうと、言おう。時間はかかるかもしれないけれど一人ずつ、ちゃんと言おう。

だが、その前に。



「オカン、おかわり!」



目の前に並べられた、みんなからのプレゼントを、残さず食べてしまおう。

幸せを噛みしめるように、よく噛みながら。




End.





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