これの続き。 未来設定です、ご注意を!! ちゃんと約束を果たすから。 ちゃんと君を、迎えに行くよ。 坂道の終わり あの日から…中学最後の年に彼に別れ(…別れでいいのだろうか。他にいい言葉が、思い浮かばない)を切りだした(正確には彼の言葉を利用して、無理に押し付けた)日からもう、何年が経ったのだろうか。 『それでは次は大阪が生んだピン芸人の星!一氏ユウジの登場です!』 テレビでその名を聞かない日はないくらいに。彼は有名になって、お茶の間の人気者ってやつになって。 「金色先生、これなんですけど…」 「あぁ。そこに置いといてや。目ぇ通しとくから」 自分は“先生”なんて呼ばれるようになって。言葉遣いや仕草もすっかり、年相応の“男”のものになっていた。 鏡を見ると、そこにはあの頃とは全然似ない自分の姿。 そしてどこかつまらなそうにしている、自分の両の眼。 あの頃とは…彼や仲間たちと一緒に過ごした毎日を、ただ懸命に転がるように生きていた頃とは、遠くかけ離れた姿。 「…こんな顔しとったら、ホンマに迎えになん、来てもらえへんわな」 画面越しに見る彼は、いつもきらきらと輝いていて。 それに引き換え自分は、いつも辛気臭い部屋に籠って、文献やらパソコンの画面と睨めっこ。 彼はいつもきらびやかな衣装を見に纏って、楽しげな笑い声に囲まれていて。 それを見ている自分はもう何代目か分からない白衣を引っ掛けて、カタカタとデータを打ち込む音が支配する部屋にいる。 かつてはあんなに一緒にいたのに。今はこんなにも離れてしまった。 ただただ無情に過ぎて行く時間を呪うことも、どんどんと遠くへ行ってしまう彼のことも、責める資格なんて自分にはなくて。 だって最初に手放したのは、自分だから。 こうなるように仕組んだのも、こうなることを望んだのも、自分なのだから。 点けっぱなしにしているテレビから、彼の明るい声とあの頃よりも数段磨きのかかったネタと、それによって引き起こされる沢山の笑い声が、聞こえてくる。 それを聞き流すように…だけどしっかりと脳には届けながら、パソコンと向き合う。 『そういえばユウジさん、今日は何か特別な日らしいですね?』 『そうなんですよー』 ネタが終わったのか、共通語を話す司会者とステージ脇に設置された椅子に座り、トークが始まる。 今日が特別な日…そう言えば今日って、何日だったっけ?いつもは聞いていても、何も感じないのに…感じないように、しているのに。今日ばかりは少し、興味をもってしまって。 ひょっとしたら何か、大切な書類の提出日かもしれないから…と。自分に言い訳をしながら、ディスプレイの右下、時計の部分にカーソルを移す。 『今日、11月9日は俺にとって大事な人が、産まれた日なんです』 彼の言葉に悲鳴に似た声が上がったのとほぼ同時に浮かんできたのは、11月9日の文字。 11月9日。消防の日、太陽暦採用記念日、それからカンボジアの独立記念日で、換気の日、なんてのもあって。 そして、そして。 『…待たせたな、小春。やっとお前んこと、迎え行けるようになった。俺、今の俺んこと、めっちゃ好きになれた…小春んこと好きやって気持ちに比べれば、まだまだやけど。せやけど自分のことも、好きやって言えるようになったで』 カメラが彼の顔を、アップで映す。 …誰だ、彼が変わってしまったなんて、言ったのは。 彼はちっとも変わっていないじゃないか。まだ真っ直ぐに、自分を見つめているじゃないか。 傷付かない様にと、勝手に彼が変わったと思いこんでいたのは。 自分だ。 変わってしまったのは自分。ちっとも彼のことが分からないようになってしまった…分かろうともしなくなってしまった、自分の方。 画面の中では司会者が何やら、彼に尋ねているけれども。彼は横なんて見ずに真っ直ぐに前を…カメラ越しにこちらを、見ていて。 『誕生日おめでとう…何年分か分からんし、そない重さあるかも分からんけど…せやけどこれが、俺からの誕生日プレゼントや』 画面越しに彼が見せてくれた笑顔はずっと前…まだ彼と隣り合って笑っていた頃に見せてくれていた笑顔。 ―――こないな風に笑うんは、小春の前だけやで!小春限定なんやからな! その言葉が、その時の彼の表情が仕草が全てが。一気に蘇る。 この顔は今、日本全国に流されているものだけれども。自分にだけ向けられた笑顔だって、分かって。 「……ホンマ、迎えに来るん、遅いわ……はよ、ここまで来てな」 その言葉に応えてくれる人は、まだ目の前には現れないけれど。 でもきっとすぐに、彼はここに来てくれる。自分なんかのことを迎えに、来てくれる。 すっかり忘れていた感覚が、蘇る。 一心同体、彼のことならば何でも分かる。そんな気が…ううん、分かるって、確証できる。 だって、ほら。 「小春ぅ!待たせて堪忍な!」 「…ホンマにもう!ユウ君、迎えに来るん、遅いわよ!」 日付が変わらないうちにちゃんと彼は、ここに来てくれたじゃないか。 しっかりと自分の足で立って。自分の足を動かして。自分一人でここまで、来てくれたじゃないか。 これは自分が望んでいた結末。そしていつの間にか諦めてしまっていた、結末。 「…いこ、小春」 「ん、せやんね」 この手をもう一度握れる日が来るなんて、夢みたいや。 そう呟いたらユウ君は、またうち限定の笑顔を見せてくれた。 それからもう離れないようにって、しっかりと手を繋いで。そしてお互いが自分の足で、しっかりと地面を蹴りあげて。 うちらはもう一度、走り出す。今度はちゃんと、隣どうしに並んで、一生懸命に走るんだ。 飛び出した先は、色と光が満ち溢れる。 あの頃と…ううん、あの頃以上に光輝く、美しい世界が待っていた。 End. Main |