「…そんなん、うちちっとも嬉しないもん。ユウ君にはしっかり、自分のこと認めて欲しいねん、愛したって欲しいねん。自分だけで立てるてこと、気付いて欲しいねん」


それは一氏の為であって、そして小春自身の為でもある結論。

いつまでもこんな関係が続いてはいけないと、目の前の賢い子どもは知っている。このままではいけないと、自分自身の為にも、一氏の為にもならないと、この子は分かっている。
だから。


「…だからね、うちもユウ君も、一人でもやってけるくらいに、強うならな、あかんのよ」


それは二人が、同じ刻を過ごす為に。


「もし…もしもやで。ユウ君がちゃんと一人で立って、自分に自信持って、そんでうちのこと、もし迎えに来てくれたらな…」


いつの間にか漂ってしまっていた暗い空気を振り払うように、努めて明るい声を出す。そんな姿は歳よりも大人びて見えるのに。

その表情は我慢を覚えたての子どもの様で。
無理矢理笑うその顔は、痛々しいものでしか、なくて。


「そん時は、今まででいっちゃんかわえぇ顔で笑ったるの。そんで、迎えに来るんが遅いんじゃボケ!って、怒鳴ったるの」


小春も一氏も、俺にとっては大切な教え子で。その教え子にそんな表情をさせたくなくて。

嫌なら嫌と、言えばいい。一氏に見せられなくていい。だが我慢なんかしないで、そんな痛いって心の底から叫ぶような顔、しないで。
小春も一氏も、泣きたければ泣けばいい、怒りたければ怒ればいい。そう思って。


「もし一氏が、ほんまにお前のこと忘れて、そんで他の奴とくっついたりしたら、どないするん?」


わざと、意地の悪い言葉を投げかけた。


「そんなん、うちの見込み違いやったっちゅーだけや。しゃーないわ」


作り上げられた表情を崩すことなく、くすくすと声を上げて笑う顔はやはり、目だけは全く笑っていなかった。
部室の中からはまだ、何の音も聞こえて、こなかった。




***



「…俺、小春がおらんと、空っぽやねん」


授業をさぼって出て行った屋上で、ぽつんと一人座っていたユウジに、声を掛けようと近付くと。ぽつりと呟かれた言葉。
それは俺に呟かれたのではなく、当たり前の事実を確認する為に吐き出された言葉。


「せやから小春んこと忘れてもうたら、何も残らへんの」


ごろんと、横になる身体。その顔は真上に広がる青空に向けられているのに。その両目は何も、映し出していないようだった。
まるで彼以外のものを映し出すことを、拒んでいるようだった。

きっと俺がこの場にいてもいなくても、ユウジは同じような行動を取ったのだろう。
だってユウジにとっては小春が全てで、それ以外のものなんて、あってもなくても変わらないのだから。

そうそれは、自分自身でさえも。


「ユウジはちゃんと、いいとこあるとよ。小春だって褒めとったばい。ユウジは手先が器用とか、ユウジは物真似が上手やとか」


小春、という名を出した瞬間、ぴくりと動く身体。

あの日から、部室で小春に別れ(別に恋人同士とかいう間柄ではなかった二人だが、“別れ”という言葉がしっくりくる)を告げられた日からずっと、その願いを叶えようとするユウジの姿は健気であって、そしてどこか哀れで滑稽で。


―――どないしたら、あの二人。ちゃんと笑うように、なるんかなぁ…


あの人が寂しそうな顔をして呟いた言葉。それはあの人一人だけではなく、この二人を知る者なら誰もが抱いている想い。俺自身だって抱いている、想い。

だからねぇ、もう一度ちゃんと、笑ってみせて欲しいんだ。


「ユウジは誰よりも、優しい、とか」


優しすぎて周りのことばかり優先させて、自分に自信がなさすぎるユウジと、
頭が良過ぎて分からなくていいことまで必死に理解しようとしてしまう小春。

不器用な君たち二人がまた、ちゃんと笑って。


「だから、もっと自分んこつ、信じたって。自分んこつ、大切にせんと、いかんばい」


もう一度、二人並んでいて欲しいから。だから。



「小春はそんなユウジんこつ、きっと好いとうよ」



自分のことを、もっと愛してあげて。小春はユウジに、そう伝えたかったはずだから。
人のことをそんなに愛せるのだから、だから自分のことだって、愛してあげて。


「小春はユウジんこつ、待っとるよ」


その言葉に、ユウジの瞳は初めて小春以外のものを、映し出した。
初めて自分自身のことを、しっかりと見つめた。


そして。


「千歳!おおきにな。俺、ちゃんと考えるわ!」


前みたいに、とはいかなくても。彼がよく見せてくれた朗らかな表情を浮かべてくれると。
屋上を、飛び出して行った。


もう一度、しっかりと笑うために。
彼の前だけで見せていた笑顔を、取り戻すために。




「待ってろや!小春!!」



何年、何十年経ってもいい。
ちゃんと君が、自分に自信が持てるようになったら。うちのことと同じくらいに、自分のことを好きになってくれたのなら。



その時はちゃんと、迎えに来てね。
ずっとずっと、待っているから。





End.






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