これ以上あなたを好きになって。
そして自分も、愛していって。



真実の詩



「ねぇユウ君。うちのこと、どれくらい好き?」

「そんなん、決まっとるやろ。この世界でいっちゃん好き。宇宙でいっちゃん好き。小春ん為なら死ねるし、小春の願いやったら、何でも叶えたる。そんくらい、好き」


それはいつもの言葉遊び。彼に問われれば俺はいつも思ったままの言葉を口にする。それに対して彼はいつも、満足そうに微笑む。
自分がどれだけ価値がある人間かを、確かめるように。

こんなことをしなくても、彼という存在にはすごく価値があって、俺みたいなちっぽけな存在が認めなくても、その価値は誰もが、認めているものだというのに。
一頻りこんなやり取りを続けると、彼は何事もなかったかのように、立ち去って行くのだ。


「…ほんなら、うちのお願い、叶えてくれる?」


だがその日は、いつもと違った。
柔らかく手を組むと、じっと、俺の表情を確かめる。
その瞳に吸い込まれそうになりながら、だけどその瞳から目を、逸らすことなんか出来ずに。

「当たり前やろ!えぇで。何なん?」

俺は胸を叩くと、彼にだけ見せる笑みを、浮かべた。
この笑顔は彼専用。一番好きな相手にだけ見せる、特別な笑顔。

彼が言葉遊びのリズムを崩したことに、若干不安はあったが。
それよりも彼にお願いなんてされることは初めてだったから。
こんなちっぽけな俺でも彼に頼りにされているって、少しでも彼の役に立てるならっていう思いの方が、大きかった。


なのに。


「うちの前から消えて。二度と現れんで。うちやない人のこと好きになって。うちのこと、忘れて」


その形のいい唇から、淀むことなく紡がれた言葉は真綿のような柔らかさで、俺の首をじわじわと、絞めつけて行く。


「忘れて、そんで自分一人で立って。うちのこと、考えんで」


引き上げられた口角とは反対に眼鏡の奥の瞳は笑っておらず、それが冗談やからかいではなく、真実の言葉であることを証明する。
呆気に取られてか、何も言えずにまばたきすら出来ずに、ただただ目の前で言葉を紡ぎ続ける彼を、俺は見つめることしか、出来なくて。


「お願い、ね?」


そして彼は綺麗に笑って。俺の元を去って行った。
嫌だとも言わせてくれずに。何でとも問わせてくれずに。
一度もこちらを振り返らないその背中は、俺大して変わらない体格であるはずなのに。
すっかり項垂れてしまった自分の物とは比べようもならない程に大きくて、逞しくて。


「…そんなん、無理に決まっとるやん…やけど、小春がそれを望むんやったら、俺は…」


その背中を追うことも縋ることも出来ない、ちっぽけで仕方ない俺は。
ただただ彼の願いを叶えることだけを、考えていた。
ただただ彼のことだけを、考えていた。

彼に見捨てられてしまった自分のことなんか、考えることなく。




***



「えぇんか?小春」

思っていたよりもずっとすっきりした表情で部室を出て来た小春に、声を掛ける。中からは何の音もしない。手にした鍵を持て余すようにいじりながら、そのままの表情でこちらを見る小春の反応を待った。
一氏が小春のことを深く想っていたのと同様に、小春が一氏のことをちゃんと考えていたことも事実。

「えぇんよ、これで。だってユウ君、うちと一緒におったらいつまでも、自分の価値、認めようとせぇへんもん。うちのことばっか考えて、自分のことこれっぽっちも、見ようとせぇへんもん」

暫くして出て来た言葉は、彼らしいと言えば彼らしい言葉。表情はそのまま、声色も普段と別段変わったところは見られない。
ただ隣にいつもいた、少年がいないだけで。

その少年の為にと、小春が出した結論。










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