春が過ぎ、夏が来ても、
私の心は、変わらない。

変わりたいのに、変われない。



NOW AND THEN



全国大会は地元大阪で開催されるということで。今年も見事全国大会出場を果たした後輩たちの応援に、揃って出向くことになった。
と、いうことは必然的にあの人もその場にいるということで。
幸せを手に入れてしまったあの人の姿を、見るということで。
会場へ向かう電車の中、何度も彼にかける言葉を、シュミレーションした。

白石たちは後輩指導と称して何度か中学を訪れていたようだが、俺は何かしら理由をつけて、今までずっと足を向けないでいた。
その後で聞かされる中学の、後輩たちの、そして先生の様子に。

俺がいなくても、彼らの世界は回っているのだと。
俺がいなくても、彼の世界は回り続けているのだと、実感した。

俺の気持ちはあの日のまま、変わらないでいるのに。
俺の世界はあの日のまま、回転を止めてしまっているのに。

どれだけ止めようと、捨てようとしても。
先生への想いだけは、断ち切ることが出来ずにいた。



会場に着くとちょうど四天宝寺の試合が行われる直前で。急いで皆で、空いていた席に腰を下ろす。
そこから、目の前のコートで行われる試合を観る。隣に座る謙也なんかは煩いくらいに声を張り上げて、コートを駆け回る後輩に、声援を送っている。他の皆も握りしめたこぶしに時折力を込めて、真剣にコートを見つめている。コートを駆ける後輩たちの表情も真剣そのもの。懸命に汗を流し、小さなボールを追いかけている。

それだというのに自分は、コートを挟んで反対側に座る人しか、目に入らなかった。

久しぶりに見たその姿はちっとも、変わっていなかった。
相変わらずくたびれたトレンチコートを着て、すっかり馴染んだチューリップハットを被って。
自分が彼の目の前で、コートを駆けていた頃と、ちっとも変わっていなかった。
それがとても、嬉しくて、嬉しくて。


思わず、目頭が熱くなった。


そして改めて自分は、先生のことが好きなんだと、
実感した。


結局試合なんてちっとも観ないまま、
時間だけが、ただただ流れて行った。




「み〜んなぁ!お疲れさま〜!!」
「……先輩ら、来てはったんすか?…揃いも揃って、暇な人らや」
「何やと光!そないなこと言うんはこの口か?この口かぁ!?」
「いひゃい、けにゃくん、いひゃい」


試合を終え会場を離れようとする後輩たちを見つけると、小春がすかさず声を掛けて。
そこからは皆、わいわいと先ほどまで真剣に試合に臨んでいた選手たちに、笑顔で囲まれて。


「ちとせやん!久しぶりやないか!」
「…金ちゃん。お疲れさま」
「ん!ワイ、めっちゃがんばったでー」


少し離れた所にいた自分の元にも、金ちゃんが駆け寄ってきてくれた。
背はすっかり伸びてしまったが、ちっとも変わらないその笑顔につられるように、こちらの表情も柔らかくなる。
大分高い位置に来てしまった頭を昔のように撫でてやると、猫の様に目を細めて。そして。


「…ちとせ、何かえぇことでも、あったん?」

じっとこちらを見つめたかと思えばそのまま、不思議そうな顔をして見せるものだから。

「ん…そうったいね。久しぶりに金ちゃんたちに、会えたんが、嬉しかったっと」


自分自身でも驚くほど柔らかい声が、出た。

話してなんかなか。まして先生は俺がここにおることすら、知らん。
ただそん姿ば見られただけで、こぎゃんにも俺は、幸せな気持ちになっとる。
そぎゃんちっぽけなことに、幸せば感じちょる。

そんな自分に、金ちゃんはまだ不思議そうな顔をして見せていたが。



「…よぉわからんけど、せやけど千歳が幸せやったら、ワイも嬉しいわ」


うんうんと頷くと、再びお日様のような、笑顔をくれた。




「おーなんや、自分ら来とったんか!ご苦労ご苦労〜」

金ちゃんや寄って来た他の後輩と会話を交わしていると、耳に飛び込んできた懐かしい声が、そのまま身体中を駆け巡る。
声のした方へ身体を向けると先生が、片手を振りながら笑顔で歩いて来る。
そんな先生の方へと、皆は駆け寄って行くというのに。
俺だけは、その場から動けないでいた。


だって先生の隣に立つ人の存在を、認めてしまったから。
皆にからかわれながらも幸せそうに並ぶ、二人の姿に気付いてしまったから。


悲しくはなかった。
ただ、切なかった。
悲しくはなかった。
ただ、寂しかった。

悲しくはなかった。
ただ、嬉しかった。


さみしい、さみしい、うれしい、うれしい。

先生が幸せそうなことが、さみしい。
先生が幸せそうなことが、うれしい。


この時気付いた。
俺は先生が好きだと。
俺は幸せそうに笑う先生が、好きなのだと。
例え横に立つのが、俺ではなくても。
先生が幸せであるのなら、それでいいのだと。
先生が幸せであることが、俺にとっても幸せなのだと。

気付いた。否。
そう思おうと、した。


「…ちとせぇ?どないしたんや?どっか痛いん?」
「…ん?なんも、せんとよ」
「やったらなんで?なんで泣いとるん?」
「え……」


音もなく一筋、涙が流れ落ちた。

その涙の理由を、俺は知らない。
その涙の理由を、俺は知りたくない。


知りたくなんか、ない。


遠いところで、先生が笑う。
幸せそうに、奥さんと一緒に笑う。
俺はそんな二人を、ただ見ている。
何を言うでもなく、ただただ見ている。

それなんに俺の心は、ひどく穏やかで。
そいで幸せに、満ち溢れとる。


もう一筋流れ落ちた涙には気付かんフリして。
そう、思うことにした。




End.






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