Epilogue ever




金太郎と手を繋いで、家に戻った。
あんまりにも強く手を握るモンやから、そない力込めんでも逃げたりせんよって言うたら、光は前科持ちやからなって、笑うた。その顔を見とったら、俺も自然と、頬の筋肉が緩んどった。


家に着くと門の所に兄ちゃんとオサム先生と、それから多分知らん人(会うたこと、あるんやろか)が居って。俺を見るなり走って来た兄ちゃんがおかえりって、抱き締めてくれた。何や、何度も言われとる言葉なんに、何度も抱き締めて貰うてる腕なんに、初めてホンマの意味で、帰ってきたって、思えた。
ちょお照れくさかったけど、ちゃんとただいまって、言うた。



それから何日かして、謙也兄ちゃんも来てくれた。謙也兄ちゃんも俺が知らん人と一緒に来て、そんで、お前が読みたがってた話やでって、描き上がったばかりに見える漫画をくれた。
それは事故に遭うよりずっと前にせがんどった、アクション物で。俺が覚えとる範囲でやけど、謙也兄ちゃんが描いてきた作品とは遠く離れたものやったけど、ホンマに面白かった。そう言うたったら謙也兄ちゃんも、一緒に居った人も、笑うてくれた。


あとで聞いた、兄ちゃんらにはそれぞれ、大事な人が出来たんやって。それがあの2人で、やっぱり俺は会うたことがない人らで、小石川さんと千歳さんって、言うんやって。
それぞれ俺に紹介してくれた時の兄ちゃんらの顔が、ホンマに幸せそうやったから。何があったんかとか、兄ちゃんは謙也兄ちゃんが好きやなかったんかとか、ぶっちゃけ気になっとったけど、聞かんでおいてあげた。



俺ってホンマに、出来た弟や。




金太郎とは毎日やないけど、会うとる。会えん時は電話で話したり、メールしたりして。金太郎は俺が自分のこと忘れんようにて、必死になっとるみたいやったけど。
せやけどもう、大丈夫な気がした。オサム先生の言うことには、俺の脳はもう、元に戻らんってことやけど。やけど、金太郎のことだけは忘れんって、思うた。


二人で、時々は兄ちゃんらも一緒に、また別の時には小春さんとユウジさんも一緒に、時間を重ねた。

小石川さんにカメラの使い方教えて貰うたり、千歳さんと海に行ったりもした。兄ちゃんと謙也兄ちゃんとは、三人でテニスをした。一緒にコート入ったんは、小学校以来やった。久しぶり過ぎてすぐに息が上がってしもうて。二人してコートにへたりこんだ俺たちを、兄ちゃんは笑いながら見とった。



そんな時間を重ねて、ようやく出来た曲。金太郎と一緒に、作った曲…まぁ、金太郎はただ傍に居っただけやけどな。


この曲は、俺の全てが詰まっとる。悲しみ、憂い、孤独、落胆、失望、怒り、妬み、憎しみ…そう言った禍々しい感情が、溢れ出とる初盤から中盤にかけては、短調に音も重々しく、聴いてくれとる人に喧嘩を売っとるような、曲調や。


そして最後に、希望が出て来る。それはパンドラの箱のように。最後に残ったんは…今の俺にあるんは、希望や。
それを表現した…金太郎と出会うてから作りあげた部分は、まるでそれまでが嘘のように、穏やかな曲調になり。兄ちゃんらと過ごす時間が増えてから作りあげた部分は、それが段々と、高まっていく。最後…金太郎に隣に座ってもらいながら作ったフレーズは、俺が今まで作ってきた曲の中で一番、美しいものに仕上がった。


完成した曲を真っ先に聴かせたんは、金太郎やった。



「…えぇ曲やな…幸せな、気分になってくるわ」



そう言うた金太郎の目には、涙が浮かんどった。初めて見た、金太郎の涙やった。


それを拭ったると、金太郎は驚いたように目をまんまるくして。それから俺の身体をゆっくりと、抱き締めてくれた。



出会うた頃は俺の方が高かった身長も、いつの間にか抜かされとった。俺のために(せいでって言うと、本気で怒る)休んどった練習を再開すれば、その腕にはしなやかな筋肉が着いていって、段々と逞しいもんへと変わっていった。



「いくで!ぶちょー!」

「もう部長やないって、言うとるやろが」



ちゃんと練習すれば、テニスかて兄ちゃんよりも上手いんやないかって、二人がボールを打ち合うとるんを見て思う。そないなこと言うたら調子乗るんに決まっとるし、兄ちゃんかてえぇ顔せんやろうから、言わんけど。

俺の横でカメラを構えた小石川さんが必死に兄ちゃんの姿を追っていた。後ろの土手に座った謙也兄ちゃんと千歳さんは、気持ち良さそうに目を細めとった。



穏やかな風が、流れとった。穏やかな時間が、流れとった。




「…なぁひかる、ひかるはワイのこといつから、好きやったん?」



二人の打ち合いが終わると、それぞれが別々の場所へと向かうた。兄ちゃんらは喫茶店で一服するんやって、街の方へ。謙也兄ちゃんらは海に行くんやって、反対側へ。そして俺と金太郎は。



「んー…実はワイな、この場所で初めてひかるに会うた時から、好きやったんかなーって、最近思うねん」



誰も居らん廃駅の、ベンチに並んで座る。金太郎は長くなった足を持て余すように、ぶらぶらと揺らして。俺はそんな彼を、ただ見とる。



「初めて会うた時からワイは、ひかると一緒にいるんやーって、決めとったんかもしれんなーって、ひかるのことを、ずっと一緒に居りたい人やって、選らんどったんやろなーって」



俺の方を見ずに、自分の頭を整理するように言葉を紡ぐ。そないな金太郎を見ながら俺も、自分の頭の中を整理しとった。



「…やからな。ワイ、今めっちゃ幸せや…おおきにな、ひかる。ワイと一緒に居ってくれて、ありがとう…これからも、よろしくな」



俺もきっと、初めから…それこそこの駅で、記憶を失くす前の俺が初めて出会うた時から、ずっと好きやったんや。
金太郎と一緒に居りたいて、思うとったんや。


そして今も、これからも。ずっと一緒に居りたいて、思うとる。ちゃう、居りたいやない、居るんや。金太郎とこれから先もずっと、ずっと。


こちらを見てにこにこ笑う金太郎に、ゆっくりと笑い返して。この気持ちが少しでも伝わればえぇなって、思うて。



俺は声を、紡いだ。







全てはこの場所から、はじまった。




―――…何や、用?




最初はほんの数十分にも満たない邂逅。やけどそれが、全てのはじまり。


これから先もずっと続く、俺たちのはじまり。




―――そんじゃあひかるー、またな!


―――ん…“また”な。






End.







Beautiful Worlds



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