―――こないな俺と、一緒に居ってくれて、ありがとう。俺、金太郎のこと好きになれて、よかった。 「…ワイの方こそ…一緒にいてくれて、ありがとう。好きになったんが光で、ホンマによかった」 なぁ、知っとった?ワイがいっつも笑うておられたんは、光のこと考えとったからやで? どうやったら光が笑うてくれるかな、とか。どうしたら光が楽しいて思うてくれるかな、とか。 光のこと考えとるとな、自然と笑顔になれるんやで。 光は、顔を上げん。ずっと俯いたまま。俺の顔を見ようともせん。 細い肩が、小さく震えとるんがわかった。怖い思いさせてしもうてるってことも、わかった。 もう一遍やり直すっちゅーことは、根気がいることかもしれん。やけど、きっと大丈夫。 「ワイはどんなひかるも、大好きや…ひかるがワイのことを忘れてしもうても、ひかるがワイのことを、嫌いになってしもうても…ワイはひかるが…世界で一番、好きや」 この気持ちは、嘘やないから。 ずっと俯いたまま、ワイの言葉を聞いとった光が、ゆっくりと立ち上がる。 ワイは真正面から自分に気持ちをぶつけてしもうたけど、せやけど今の光には…全部忘れてしもうた光には、何を言うても、分からんやろうに。ぶっちゃけんでもかなり、気分悪うされてもうても、仕方ないやろうし。 自分で今さっき、ワイのこと嫌いになってもえぇ的なこと言うといて何やけど、嫌われることは、出来れば避けたいし。あ、でも怒っとる光とか冷たい目で見下してくる光かてかわえぇやろなー…やのうて! 兎に角、謝らなアカンって思って。立ち上がったかと思うたらそのまま、ワイの目の前まで歩いて来た光に対して、付く限りの謝罪の言葉を口にする。自分でも何言うとるんかよぉ分からんけど。光に嫌われんようにって、光にこれ以上拒絶されんようにって、やけどワイの気持ちはわかってもらいたくて。 必死に、“記憶”を探して走り回った時以上やったかもしれんくらい必死に、言葉を紡ぎ続けた。 そんなことを、数分続けて。元よりボキャブラリーっちゅーヤツが少ないワイや、出てくる謝罪の言葉が尽きかけた頃。 ずっと下に向けられとった光の顔が、ゆっくりと上げられて。 その真っ黒な瞳にワイの姿を、しっかりと映してくれて。そして。 「…忘れよう思うたんに…忘れられるて、思うたんに…十三時間て、意外と長いんやな…」 光が、ワイを見て笑うてくれた。 それに見惚れてしもうとったワイが差し出したまんまになっとった“記憶”を、しっかりと掴む。 「…ずっと、金太郎のこと考えとんねん。何も考えんようにしても、自然と金太郎のこと…金太郎と一緒に過ごした時間のこと、思い出しとんねん……兄ちゃんらや家族のことやのうて、金太郎のこと…そればっかり、思い出してまうねん」 そん時になって、ようやくワイは何が起こっとるんか、理解した。 あぁ、そうか。“記憶”がのうなってしもうても、光はワイのことを、ちゃんと覚えとってくれたんや。 ワイとの“思い出”を、手放さんでいて、くれたんや。 「…忘れる言うて、自分との繋がりを断とうとしたんは、俺や。やけど、俺っ」 光の言葉を遮って、その身体を抱き締める。 そうすれば言葉になんせんでも、互いの気持ちが伝わる気がしたから。 突然のワイの行動に驚いたんか、しばらく光の腕は宙を彷徨っとったけど。 その腕はちゃんと、ワイを掴んでくれた。言葉なんなくてもそれだけでもう、十分やった。 *** 光の手から離れて、辺りに散らばってしもうた“記憶”を二人でかき集めて。そして隣同士になって、ベンチに座る。 はじめて会うた日も、ここに二人並んで座った。それからこの場所で会う時はいつも、ここに座って放した。この場所でお互いのことを、知った。それから、約束かてした。 「……なぁひかる、もう一遍、約束しよう」 「なんや?」 置き去りにされた、ノートを渡す。 それを受け取ると、“記憶”と一緒に大事そうに抱えた光をちゃんと、見て。 「一緒に、この曲完成させよう。ワイに出来ることなん、殆どないやろけど…でも、絶対に完成させような」 頷いた光を“記憶”とノートごと、抱き締めた。 もう二度と失くさんようにしっかりと、力いっぱいに。 Epilogue |