走って、走って、走って。


最近部活をサボっとったせいで体力が落ちたんか、身体が段々と重くなってくる。それでも、足はとっくに限界を訴えとったけど。ワイは走った。走って、走って走って。



そして辿り着いた場所。
あの廃駅に、光はいた。



初めて会うた時と同じように、ベンチに座って。
あの時と違うことは、光が見とるモンが本やのうて、空やってこと。光の顔が下やのうて、上に向けられとること。
それが、まるで今にも溢れ出てまう涙が零れんよう、必死に堪えとるように、見えた。


太陽はとっくに中天を過ぎ、また地平の向こうと、沈んでいこうとしとる。時計なん見んでも、もうとっくに十三時間以上経ってしもうとることが、わかった。



光を目前にして、足が止まる。息を整えながら、声を紡ごうとする。




「…誰や?」



大きく息を吸い込んでワイが口を開くより先に、光から声が発せられた。


空に向けられとった顔が、いつの間にかワイを捉えて。真っ黒な深く吸い込まれてまいそうな瞳が、ワイを射抜く。そこには昨日見せてくれたような、暖かさはなかった。


あぁ、またあの目や。


光は全身で、ワイを拒絶しとった。やけどワイかてあの時のように…以前光が全てを忘れてしもうた時のように、うろたえたりせんで。


じっと、真っ黒な瞳をこちらに向けながらも、全身でワイを警戒しとる光に一歩、また一歩と、近付いて。



「これっ!」



必死に走り回って集めたモンを、差し出す。
空に舞い散った紙を集めるんは大変やったけど。それでも必死に走り回って、両手いっぱいにまで集まった紙を…光の“記憶”を、その持ち主に向けて差し出した。



「全部やない…全然足りんけど…やけど、受け取って欲しい。思い出さなくてもえぇ。忘れてもえぇ。やけど、知っとって欲しい。ひかるとワイが過ごした時間を…ワイ、なくしたないねん!我儘やって分かっとるけど、ひかるとワイが過ごした時間、なかったことにしたない…ひかるとずっと一緒に、いたい…大丈夫、ひかるが忘れても、ワイが全部覚えとるから!」



小春たちに背中を押されて飛び出して、学校の傍や街中を走り回って集めた。やけどそれは全然足りん。
ひょっとしたら何枚かは、捨てられてしもたかもしれん。何枚かは、誰かに取られてしもたかもしれん。


そんな、光の“記憶”。ワイと光が過ごした“時間”。


何がしたいんかって、どこにいたいんやって、小春に問われた時に浮かんだんは、光だけやった。光と一緒にいたい、光の傍にいたい。それがワイの、望み全て。


そう思うんは、今まで光と一緒に過ごしてきた“時間”があるからや。例え一からやり直すとしても、ワイは光と一緒に過ごした“時間”を、なかったことになん、したない。


屋上に光が残していったノート。沢山のおたまじゃくしが泳ぎ回っとったそれの、一番後ろのページに書かれていた言葉。

それはワイへの謝罪の言葉。
勝手に忘れてしもうてごめん。自分1人だけが楽になろうとしてごめん。相談もせんと勝手に決めてしもうてごめん。今まで迷惑掛けてごめん。


そして最後に、一言。




俺のこと全部忘れて、幸せになってください。




「…忘れろなん、言うな!忘れるわけ、ないやろ……ワイは、ひかるが好きや。ワイはひかるが好きや!例えひかるがワイを忘れてもうても、ひかるであることには変わらんて、言うたやないか…ワイは、どないなひかるも好きや、好きなんや…こないに好きになった人のこと…ワイは、忘れたない!」



涙が零れてきそうになる。やけどそれを、ぐっと堪える。

泣きたいんはきっと、光の方や。今ここに居る光も、いきなり知らん人間に怒鳴り散らされて、怖い思いしとるやろう。現に今、光はこちらに向けとった目を逸らし、自分の膝ばかりを見とる。その身体は小さく震えとる。
それに、ワイに「忘れろ」と言うた光は、どんだけ辛かったんやろか。どんだけの涙を流しとったんやろうか。


ワイはずっと一緒にいたんに、隣にいたんに、全部ぜんぶ、わかってるつもりやったんに。


またワイは、間違えてしもうたんや。またワイは、光の気持ちに、応えてやれんかったんや。


もう二度と、悲しい思いはさせんって誓うたんに。絶対に光のこと守るって、決めてたんに。




「ひかる……ごめん、ごめんな……やけど、ワイにひかるのこと、守らせて…ひかるのこと苦しめるモン全部から、ワイが守るから!他のことなん、出来んでもえぇ。ひかるがおれば…ひかるが一緒に笑うてくれれば、それでえぇんや!」



そう、一緒に居らせて欲しい。



「…完璧になん、出来ん。やけど、ワイに出来ることは…ワイがひかるの為に出来ることは、したいんや!!」



ワイはまだまだ子どもで、勉強かてテニスかて、そない出来るっちゅーわけでもない。完璧にこなせることなん、何一つない。他人に対して誇れることも、何もない。中途半端にしか出来ん。そないな自分が、正直好きになれんかった。


やけど、光と一緒に居った時の自分は、めっちゃ好きやねん。
自然に笑うことが出来て、自然に誰かのためになることを考えて。そないな自分が、好きになれたんや。


そうなれたんは、光がいてくれたから。










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