「…光、部屋から出てこんの?」


最近妙に、蔵ノ介が光を訪ねてくる。
この前は学校をサボってまで来とった。それを咎める権利なん、俺にはないけれど。せやけどなるべく刺激を与えんようにすることが、光の治療にとってえぇことやて、思うとる。


…ちゃうな、光のためなんかやない。俺はこの子どもに会うんが、怖いんや。



―――返せ!光を返せ!!お前が…お前のせいで光はぁ!!



あの事故の後、いっちゃん俺に噛みついて来たんは、蔵ノ介やった。
今でこそ俺のことを信用してくれとるみたいやけど、俺が光を引きとりたい言うた時は、全身で反対しとった。殴られたこともあった。

その子どもも三年で、俺とそない変わらん体格になってもうた。今、本気でこいつに殴られでもしたら、ただの怪我では済まん気がする。


俺がそないなこと思うとることを知ってか知らんでか、蔵ノ介は一緒に連れて来た子に、俺のことを紹介なん、し始めた。俺が光と同居しとる、と聞いた途端に一瞬やけど、その子の表情が強張った。


あぁ、せか、この子には全部話しとるんか。俺のミスで、光が記憶障害を負うことになってしもたことも。全部、全部。


小石川と名乗った子は俺に一礼すると、居心地が悪そうな素振りもせんとただ、蔵ノ介の横に立って。真っ直ぐに、俺を見とった。
その目は別に俺を責めとるモンでも、憐れんどるモンでも、なく。


「…部屋、行くか?帰ってからこっち、ずっと籠っとる…もう、半日は経つで」


そんな目に見られとるんが辛くなった俺は、話を逸らすように光の話題を出す。光を心配しとることは、事実や。


昨日、いつも通りに金太郎君と会う言うて出掛けて、帰って来た瞬間のあの子の顔は、今まで見たことがないくらいに、辛そうなモンやった。何があったといくら聞いても、答えが貰えることもなく。そのまま部屋へと籠ると、内側から鍵を掛けてしもうて。こないはっきりとした形で、光が外界との接触を絶ったことははじめてやった。


何度か様子を窺いに行ったが、中からは何の音もせんで。たまに溜息のような音が、漏れ聞こえてくるだけで。いくらドアを叩いても、いくら声を発しても、光がそれに応えてくれることは、なかった。


金太郎君に事情を聞こう思うて、教えて貰うとった番号にダイヤルするも、電源が切れているため通じませんと、機械的なアナウンスが届けられただけ。


一体、何が起こっとるんや。


蔵ノ介が現れたことと、そしてもうすぐタイムリミットが来てまうことで、俺は焦っとった。


光を引きとってからこっち三年間、何も問題なん、起こらんかった。最近は金太郎君っちゅー友達が出来たことでか、光の表情も明るいモンになっとった。久しぶりに会うたご両親が驚いて、俺がしたことを忘れてしもたかのように、礼を言うて来はったくらいに。


そこまで回復した光を、また元には戻したなかった。また自分の罪が浮き彫りにされてまうことは、避けたかった。



「…光が、自分の意志で籠っとるんやろ…やったら、大丈夫や」


だが蔵ノ介はソファーに腰を下ろすと、少し思案する素振りを見せてからそう呟いた。
小石川君もそんな蔵ノ介を見ると、覚悟決めたとでも言うような表情をして。一言俺に断ってから、その横に腰を落ち着かせる。


「…自分、怖ないんか?光がまた元に…また事故直後のような状態に戻ってまうことが、怖ないんか!?」


その余りに落ち着きように、俺は声を荒らげた。
やって、そうやろ?ついこの前だ、光が風邪をひいて寝込んだのは。あの時もすっかり記憶が抜けおちて。事故後に知り合うた俺のことも、すっかり忘れてしまっとった。それまでの“自分”を取り戻すように彼は日記を読み、自分が知らん間に三年もの時間が流れてしもうてることを知って。それを深く、嘆いた。泣き叫びはせんかったが、ただじっと手にした日記を見つめて黙っとる姿は、悲壮そのモンで。


改めて俺の罪を、突き付けられた気がした。



あないな思い、したない。それに一緒に暮らしとった相手に、つい昨日まで笑うて話しとった相手に「誰や」と言われた瞬間。あの時背中に走った衝撃は、忘れたくても忘れられん。



「…怖いで。また光に、お前誰やって顔、されるんは。やけど、俺は光の兄貴や。どないな光かて、受け止める。俺が大事なんは、光や。俺を知っとる光やない」



蔵ノ介は相変わらず、落ち着いた様子で言葉を発する。やけど俺は気付いてしもた。組んだ膝の上に置かれとる手が、小さく震えとることを。

ホンマはこいつが言葉にしとる以上に、光が記憶を失くしてしまうことを、恐れとることを。



やけど。こいつは俺とは違う。
こいつは、光の兄貴なんや。




「それに、一番怖いんは、一番辛いんは…光やろが」



そう言うた蔵ノ介の顔は、今まで見たどないな顔よりも、強い表情をしておって。



「……すまん」

「謝る相手、違うやろ……なぁ、ちょっとでもオサムちゃんが光のことを想うとってくれるんやったら。自分の罪滅ぼしの為だけに光と暮らしとるんやないんなら」



思わず頭を下げてまうと、苦笑交じりに声が掛けられる。



「光のこと、信じたって」



全く、自分より一回り以上年下の相手に、諭されてまうとは、な。



光のこと、信じる…か。あの子は、俺のミスで自分がこないな状況になってまったっちゅーんに、俺を恨もうとせんかった。俺に当たろうとはせんかった。


俺を、信頼してくれた。



そんな光と、やはり兄弟やっちゅーだけあって似とる蔵ノ介の顔を、真っ直ぐに見て。
その言葉に頷き、向かい合った場所に置かれたソファーに腰を落ち着けることしか、出来んかった。




こん時、既に光が家を出て行ってしもうとったことに。俺たちは誰一人として、気付かんかった。











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