「副長って可愛くてたまらないんでしょうね」

いつものように土方とあーだこーだやり合い、最後に怒鳴り散らして去っていった彼の後ろ姿を見送った後、不意にそれを傍観していた山崎がそんなことを言った。

「……は?何が 」
「沖田隊長のことがですよ」

どこか自信たっぷりに言ってのける山崎だが、沖田にはわけがわらない。
今の流れでどうしたらそういう結論に至るのだろう。
監察としては有能だから、その眼力もなかなかのものだと踏んでやっていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。

「お前馬鹿だろィ。可愛いどころか完全憎まれてんだろ俺ァ」
「いや、贔屓にされてるって言ったら聞こえが悪いと思いますが、副長って隊長のこと人一倍気に掛けてるじゃないですか」
「ンなことねぇだろ。あの人の中での隊士なんざどれも同じような位置にいんだろーけど、そん中でも俺だけは最下位もいいとこだろーよ」

そして一応補足すると、土方にとっての“同じような立ち位置”というのは、決して一人一人を無下にしているというわけではなく、一人一人が大事という意味で、である。
あくまで彼にとってはみんなが守る対象であり、多少は感情移入の多い少ないはあるだろうが、大事に思う心自体に大きな差はないと思う。
彼がいつだって贔屓などしないことは、目の前の男もよく知っているはずだ。
何より毎度命を狙いまくる沖田に対し、他の隊士以上の思い入れがあるとは到底思えない。

「えー、俺にはそう見えませんがねぇ」
「はっ、本当に可愛いんならサボろうが文句なんて言わねぇだろうし、睡眠の妨害だってしねぇし、バズーカに自ら当たって喜びやがるだろうし、首輪付けて奴隷になることだって厭わねぇはずだぜ」
「いやそれおかしいですよアンタ……」

顔を引きつらせた山崎に、沖田はフフンと鼻で笑った。
そら見ろ。
土方の言動を振り返ったが、とてもじゃないが沖田を心底可愛がっているようには思えないじゃないか。
多少沖田の言葉には無理があるものも含まれたかもしれないが、少なくとも周り以上に優しくして貰った記憶などない。
いつだって彼は皆に容赦のないおっかな過ぎる上司なのだ。
とはいえ年下故か甘やかされているなという自覚はあったりする……が、それだって決して自分だけじゃないことも知っている。
むしろ山崎の方がよほど気に入られているんじゃないだろうか。

「俺ァ駄目だ。あの人とはどこまでいっても衝突するし、きっとあの人だって俺なんかどーでもいいに決まってらァ」
「そんなことないですよ。寝てるの起こすのもサボりを怒るのも、アンタに関心があるからでしょう。よく言うじゃないですか、無関心の相手に関しては怒りさえしないって。副長は典型的なそれだと思いますけどね。いつだって沖田隊長のためを思ってるんですよ」
「ケッ、どうだかねぇ」

その思いやりを独り占めできることなんてないんだから、あってもなくても嬉しくない。
彼の優しさが色々な所に向けられているのを、沖田は幾度となく近くで見てきた。
自分だけが特別なわけではない。自惚れてはいけないのだ。

「はぁ……少しは素直にならんと、あの人も可哀想ですよ。あの人なんだかんだで優しいじゃないですか。アンタがバズーカで多々やらかしたって、その実あんまり怒んないでしょう。裏ではめっちゃ上から嫌味言われてるのに。あの人アンタに見えないとこでいっつも頭下げまくってんですからね」
「……へぇ」

初耳なその事実も、結局は沖田の気に障るだけの情報だった。
そんな保護者みたいに背負わないでくれていいのに。
自分の失態くらい自分でどうにでもできる。
沖田は僅かに生まれた苛立ちを緩和させるように、ポケットに常備してある飴を包みから出し、舌の上に放り投げた。

(いつまでも子供じゃねーぜ、俺だって……)

そう思いつつ、こんな子供染みた菓子で満足しているのだから笑える。
口の中に広がる甘い味覚より、彼みたいに煙草でも好めば大人になれるのか。
……彼に、近付けるのか。
もしそうなら煙草の一つや二つ、いくらでも吸ってみせるというのに。
でも実際はそんな簡単なことではないのだと、沖田は身を以て知っている。

「……俺は大切にされてぇワケじゃねぇんだ」

対等に、なりたいんだよ。
独り言のように呟いたそれはあまりに弱々しく響いた上、当然の様に山崎に拾われた。

「副長もきっとその辺はわかってると思いますよ。それでも大事にしたくなるんでしょうね」

山崎は何か全てをわかってるかのような顔をしている。
むかつくので一発殴りたいところだ。

「……理屈じゃないんだと思います」

山崎は手に持っていた書類の束を抱え直し、沖田の横を過ぎ去っていく。

「俺では勝てないですから」
「……は?」
「俺じゃアンタには勝てないんですよ。こんなに副長のこと好きなのになー」
「……っ!?」
「なぁんて、ね」

沖田が目を見開いて振り返った時にはもう、山崎はさっさと曲がり角を曲がって副長室の方向へ消えて行った。

「ちっ、山崎のくせに……」

生意気にも沖田を翻弄する術を身に付けたらしい。むかつく。
けれど彼が言うこと全てが出鱈目かと言えばそうでもないんだろう。
普段沖田よりも土方の傍に遣えている彼だからこそ見えるもの、というやつもあるのだと思う。

(あいつに気付かされるっつーのも釈然としねーなァ)

もしかしたら沖田は、自分が把握しているより何倍も土方に迷惑を掛け、そしてそこそこ大事にもされているのかもしれない。
他の隊士なら切腹ものの悪戯も、思えば怒鳴り声一つで許してくれた。
それだって結局は、そこに情があるからだったのだろう。

「可愛い……特別……ね」

もし本当にそうだってんなら、その気持ちはどこから来るものなのか。
もし本当に沖田のことを思っていてくれるのなら―――。

「ついでにこの気持ちも、受け止めてはくれやせんかねぃ」

あまりにも無謀なその願いに、沖田は言ってみてすぐに人知れず自嘲した。








優しい優しいアンタでも、大抵の無理は聞いてくれるアンタでも、こればっかりは難題過ぎますかィ?












人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -