報われない想いを抱えるというのは、なかなかに辛いものらしい。
気に入ったものを束縛するタイプであることは、自分でもなんとなく理解していた。
けれど実際今まであまりモノや人に固執することがなかったから、自分のそれがどの程度のものであるかは曖昧なところだった。

うっすらとだが自覚した土方への想い。
いつしか彼を自分のものにしてしまいたい、と強く思うようになっていた。
暴言を吐いて虐めていた過去の行為も、無意識ながら彼に固執していたからだと思えば、何故彼限定でそこまで過度だったのかの説明がつく。
想いを自覚した今なら尚更、彼を構い倒したくて仕方ない。
自分以外が彼を弄ぶのは許せなかった。
こんなに自分は執着する人間だったのかと改めて思う。

けれどこの不純な想いを伝えられるわけもなかった。
だって仮にこの気持ちを知ってもらったとしてどうするというんだろう。
今後がぎくしゃくするだけじゃないだろうか。
土方がこちらをそういう対象として見ていないことくらいわかっているのだ。
彼の前では、悪態を吐く憎たらしい部下を演じなければならない。
土方が望む沖田総悟でいたい。

「何してる総悟!死にてぇのかっ!!!」
「っすいやせん」

カキンっと音がしてハッとする。
顔を上げれば土方が沖田の前に立ち、浪士の刀を受け止めていた。
沖田は瞬時に回り込み、そいつを一太刀で仕留めた。

「ぼーっとすんじゃねぇ!!自分の命は自分で守れ!!!」

土方に物凄い険相で怒鳴られる。
現在とある一派の浪士達を片付けている最中だった。
人手不足であるため、指揮をとる土方と一・二番隊のみがこの案件に携わっている。
人数はキツいかもしれないが、戦力ならお前もいるし大丈夫だろう、と土方は言ってくれた。
その時の信頼の眼差しに応えないわけにはいかない。
沖田は小さく微笑んで、刀を握りしめた。

「アンタに守られちゃ俺も終いでさぁ。ちょいと本気出しやすかね」
「チッ、初めから出せ馬鹿」

二人背を向け合う。
やはり自分達はこうでなければならない。
土方への想いで揺らいでいては、この先こうして背を預けてくれなくなってしまうかもしれない。
いいじゃないか。恋愛感情なんて貰えなくても、土方からは戦闘における絶対的信頼を寄せられているんだから。

「行きやすぜ」
「あぁ」

そうして地面を蹴ったが最後、敵の命はない。
この二人が一つになれば、どれだけ束になろうと勝てるわけがないのだ。







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無事に勝利を収め事後処理も大方片付いたため、夕方には皆屯所へと撤収していた。
沖田は隊士達が一通り風呂場から出てきたのを見送り、静かになったそこへ向かった。
季節柄体中ベタついていて不快で、捕り物後一刻も早く湯を浴びたかった。
しかし大勢の中で入る風呂はどうも好きにはなれず、沖田はいつしかひと空きした後を見計らって入るようになっていた。

「っはー……」

一日の疲れが一気に落とされていく。
暑い夏でもやはり風呂はいいものだ。

「今日はしくじったかねぃ……」

実戦において私情を挟み油断して、土方に助けられただなんて。
本当に恥もいいところだ。
あんなに信頼を置いてくれている彼に失礼でもあるだろう。
けれど改めて思うと、どうもその信頼だけでは満足できそうもない。
やはりとてつもなく愛していると、今日の任務を通して思った。
見惚れる様な戦場での彼の存在感は、芸術品の様に美しくそこにあった。
刀を振るう腕、力を入れるために出される呻き、その、真剣な表情。
どれをとっても愛しい一級品で、誰かに渡したくなんてない。
感情を殺すのは得意であるが、それにだって限界がある。
コップに注がれる水は、いつしか溢れ出すものなのだ。

「邪魔するぜ」

悩みつつも、あくまでゆったりと一人風呂を堪能していたところに、突如声が響いた。
きちんと沖田の名前入りで立ち入り禁止のプラカードをぶら提げておいたのに。
それでも尚平然と入ってくる人物なんて一人しかいない。
こちらの返事も待たず、扉は開かれた。

「……俺が出るまで待てねぇのかよコノヤロー」
「うるせぇ、入りたい時入る主義なんだよ俺ァ」

ごじゃごじゃ言う上司は、さっさと桶に湯を汲んで体にぶっかけ出した。
沖田は湯船からその様子をじっと見つめる。

綺麗な身体してんなぁマジで。

自らの頬が僅かに上気してきた気がするのは、湯気のせいだと思いたい。

「アンタ相変わらずいいちんこ持ってますねぇ」
「はぁ?どこ見てやがるてめぇ」

言いつつ土方は別段隠そうともせず、ガサツにその身体を洗っていく。
沖田は無言で立ち上がり土方の元へ行くと、泡だらけになっている彼の下半身へ手を伸ばした。
昔はふざけてこの行為をやっていたものだ。

「おい総、ひょわおっ」
「なんつー声出してんでぃ」
「てめーはなんつーもんにぎってやが、ひょわ、うお、やめろ、てめぇ、なんか変な気分になんだろーが!!」

あまりに五月蠅く抵抗するので、にぎにぎとしていた土方のイチモツを名残惜しげに離すと、彼は真っ赤な顔で睨んできた。

「そんな顔してるを襲いやすぜ」
「あ?」
「いーえ、なんでも」

沖田はそっぽを向くと、再び湯船に戻った。
土方は訝しげにしながらも、単なる沖田の悪ふざけだと割り切ったようでまた身体を洗い始まった。
沖田は彼の握るタオルがその肌を滑る音を聞きながら、じっとその後ろ姿を見つめていた。

目の前の裸体にも、自分についているのと同じものを握った感触にも、まるで嫌悪感がないだなんて。
本当にどうかしてる。
沖田は彼のそれを触った右手を見つめた。
あのままめちゃくちゃに扱いて、イかせてやっていたら。
彼はどんな顔していたんだろう。

(……やべ)

想像だけで僅かに反応した自分のそれに焦る。
これはもう確実だ。
自分は土方を好きで、抱きたいとまで思っている。
均衡を崩したくない反面、無茶苦茶にしてやりたいとの願望もある。
あぁもう、どうしろってんだ。
さり気無くタオルで前を隠しつつ、湯船から出た。
このままここにいたって、煽られるだけ煽られて苦悩を味わうに決まっている。
これからは風呂の時間を考えねばならない。

「おい、上がんのか総悟?」
「えぇ、ちょっと逆上せたみてぇでさ」

沖田はそそくさと脱衣所に繋がる戸へ向かった。
すると土方に腕を掴まれてしまった。

「え」
「もう少し頑張れねぇか?」
「は?」
「逆上せそうなとこわりぃが、少し話てぇことがある。もう少しここにいろや」
「……何も今ここでじゃなくたって」
「いいじゃねーか」

土方は勝手に沖田を残すことを決定付けて、粗方の泡を落とし湯船へ入った。
沖田も仕方なく、手を引かれるまま逆戻りである。
彼の手の感触で更に反応したそこを無理矢理抑え込む。
二人でちょこんと並んで座る様は、多分傍から見たら大変面白く滑稽に映るだろう。

「んで?なんの用ですかぃ」
「あぁ……その、な」

急に歯切れが悪くなった土方に、沖田は首を傾げる。
まさかこの想いに気付かれ言及でもされるんだろうか。

「なんでぃ、言いてぇことがあんならとっとと言えよ土方ァ」
「お前……最近どうかしたのか?」
「はぁ?」

思わずドキリとした。やはり何か見抜かれたのか?

「なんかおかしいだろ。いやお前がおかしいのは元からだけどよ。なんつーか、たまに上の空になってるってーか?」
「さり気無く失礼極まりない言葉が聞こえましたがねぇ」

髪から水を滴らせる土方は、こちらを伺いながらもそれ以上は発さない。
……様子を伺うために、わざわざ風呂の時間を合わせたのか。
本当にこの人は。
それが仕事に支障が出てはいけないと思ったからなのか、彼の私情交じりで心配してくれたのかは知らない。
それでも気付いてくれたことは嬉しかった。

「どうもしてはない……と思いやす」
「んだよその中途半端な言葉は」
「自分でもよくわかんねーんですよ」

ぶくく、と沖田は口元を湯へ埋めた。
この想いをどうすべきなのか、わかってはいる。
絶対彼にバレないように抹消すべきであると、わかってはいるんだ。
でも多分そう簡単にこの恋情は消え去ってはくれない。
だから自分がどうするべきなのかとどうしたいのかとが完全に逆方向のベクトルを持っていて、酷く息苦しい状況にあるのだ。

「こうすべきであることと、こうしたいってこととは違うじゃないですか。白を取ることが正解だってわかってるのに、自分はどうしても黒を捨てきれないみたいな。でもどっちか選ばないと進めないんですよ」

顎下まで顔を出した沖田は、口籠りつつも今の状況を伝える。
勿論真意は決して悟られないように、が鉄則ではある。
土方は暫し考え込む様に無言になったが、やがて小さく笑った。

「無理に選ばなくてもいいじゃねーか」
「……」
「その時が来たら選べばいい。ごちゃごちゃ悩んじまう時は、いつまで経っても結果なんて出やしねーんだよ。落ち着いたらもっかい考えろ」
「……へぃ」

さすが沖田よりも長く生きているだけはある。
妙にしっくりくる言葉を吐いてくるもんだ。
けれど所詮そんなもの、慰めにしかならない。
どうせこの想いは打ち砕かれることになるのだろうから、遅かれ早かれ一緒のことなのだ。結果はもう、決まっている。

「……なんでぃ。じっと見やがって」

ふと隣からじりじりと視線を感じて、沖田は居心地悪げに抗議した。

「いや、物事はっきりしてて淡泊なお前が、そんな風に悩む感情持ってたなんて意外だと思った。お前もやっぱ人間なんだな」
「しねこのやろー。俺をなんだと思ってんでぃ」

沖田は土方から視線を逸らし、小さく溜息を吐いた。
結局この男はカッコいいんだ。
言っていることだって最もで。
でも彼はわかっていないのだ。
今結論を出さないということは、今後も土方に不毛な想いを抱き続けるということになるということを。

「ま、お前がどういう道を選んでも俺は味方でいてやりてぇと思ってる」

土方は静かにそういうと、沖田の髪をわしゃっと撫でて湯船から出て行った。
沖田はその姿をただ見つめる。

「引き止めちまってすまなかったな。おやすみ総悟」
此方を向かないまま手を振った土方は、静かに浴室から姿を消した。

「……味方、ねぇ」

味方でいてくれるってことは。
この想いも、受け止めてくれるってことなのか。
違うんだろう?
結局彼は、一番に沖田を優先してくれるわけじゃない。
近藤に不利だと思ったら、きっと沖田のことも平気で切り捨てられる。
そんな男だ。
それでも愛しくてどうしようもない。こんなにも好きで愛してる。

「教えてよ土方さん……」

この想いを今後どうするべきなのか。
アンタと、どう接していけばいいのか。
模範解答を、頂戴。













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