土方が見合いをするらしい。

過去にも幾度となくそういう話はあったから、今更驚くようなことではない。
そして彼はそういう話がいくら来ようとも、常に首を縦に振らない体制を崩さなかった。
仮に相手が地位のある人間の娘だったりして断りきれず見合いをすることになった場合でも、あの手この手を駆使してなんとか今まで切り抜けてきたのをよく知っている。

だが今回はどうやら、そうではないらしい。
真選組の副長様が結婚するらしいという噂は、すぐさま屯所内を駆け巡った。

「アンタ、結婚すんですかぃ」
「……かもしれねぇな」

事の真相を確かめるべく、その噂を耳にした沖田は真っ先に副長室に向かった。
開口一番に発せられた沖田の言葉に目を丸くした土方だったが、やがて決まりが悪そうに頷いた。
もうその話が出回ってんのか、と彼は頭を掻いている。

認めやがったよ、この野郎。
否定してくれると期待してこの場にやってきたのに。

「なんでそんな、急に」
「前から話は来てたんだよ。上手く躱してたんだがどうも諦めが悪くてよ、ついにっつーか、まぁあっちも攻めてきた」

ふぅっと口元から煙を吐き出した土方は、書類へ向けていた目を沖田へと移した。
異常事態だというのに、彼の目はいつもと同じ落ち着いたそれだった。

「相手がドエライ上官の娘でな。どうも断りきれそうにねぇ」
「……その女のこと、好きなんですかぃ」
「んわけねぇだろ」

土方は少し苛立ったように否定した。
彼自身伴侶など必要ないと思っている人間なのだから、今回の話が不本意なのはわかる。勿論沖田にしてみても、絶対に避けたい用件だった。
見守るだけでも、と思っていたけれど、結婚して誰かのものになってしまうかもしれないとなれば、話は全くの別物だ。

「いつもみたいに犬の餌大好きなとこ見せつけて引かれりゃいいじゃねーですか。まだ見合いはしてねぇんでしょ」
「いや、何回か会ってんだよ。相手は俺のマヨネーズ好きも知ってる上で諦めてくれねぇ。しつこく会う時間作らされててな。今度の顔合わせで多分本題を持ち込まれる」
「……」

さらりと言ってのける土方は、もう覚悟を決めているようにも見える。
政略結婚なんてしたくもないだろうに、それが真選組にとって有利になるのだと踏んだのならば彼は躊躇しない。
今回の話を受ければその上官からの風当たりもよくなる。
つまりはそういうことだ。

沖田はその場に立ち尽くした。
言うことは言ったとばかりに再び書類へと目を向け始まった土方に、沖田は悲しみを通り越して怒りさえ沸いてきた。
なんでそんなに冷静でいられるんだ。
好きでもない女と結婚して、幸せになんてなれるわけないじゃないか。
それに家庭を持ったら今より沖田を構ってくれなくなるかもしれない。
土方が気に掛ける存在が増えるだなんて考えたくもなかった。
愛していない女にだって、優しい彼は冷たくせず精一杯愛そうと頑張るのだろう。
子供なるものが生まれれば、その存在に情だって沸くに違いない。
……嫌だ。
そんなのは考えたくもない。
誰よりも土方を想うこの気持ちを諦めたくなかった。
地位だけで彼を手に入れられるような女になんて渡さない。

誰かを抱く彼なんて考えたくない。
彼を誰のモノにもしたくない。

今まで抑えていた感情が、一気に溢れ出てきてしまった。

「……土方さん」

後ろから土方の腕を掴み、畳へ張り倒す。
引き摺るようにして文机から身体を離させ、手に持っている煙草を奪い取って灰皿へ。
驚く土方を余所に、その体の上へ馬乗りになった。
咄嗟に振り翳された彼の両腕もしっかりと畳に縫い付け、完全に彼の自由を奪う。

「っ、何しやがる!」
「他のとこにやるくれーなら、閉じ込めちまお……。ねぇ、土方さん」
「そ、ご……」

組み敷いた下にある、焦がれた体。
今すぐにでも抱き潰したい。
沖田は本能のままに反応を示す己の自身を、土方のそこにぐいぐいと押し付けた。

「っは、……」

吐く息が荒くなる。言葉に熱がこもる。
想いが、とまらない。

沖田は導かれるように、その唇へゆっくり顔を近づけた。














「駄目だよ総悟」

しかし目の前の彼は、小さく笑いながら顔を背けた。

「……駄目だ」

念押しされるように言われる。
優しく、でも確かな拒絶を見せた土方に泣きたくなる。

「これ以上進んだら、戻れなくなっちまうぞ」
「……土方さん」

言いつつも、土方はあまり困惑している様子ではない。
まるでいつかはこうなることがわかってたみたいだ。

「……アンタ、俺の気持ちに気付いてんだろィ?」

その言葉に、反応はない。
沖田は自嘲気味に笑い、その体の上からゆっくりと退いた。
彼もすぐさま起き上がる。

「すいやせんでしたねぇ、気持ちわりぃことして」

土方の顔を見られないまま、沖田は立ち上がった。
あぁ、惨めだ。
衝動のままに伝えた想いは、彼の優しい拒絶によって打ち砕かれた。
伝えることなく沖田の中で大事に育ってきた想いは、こうも一瞬にしてあしらわれてしまった。悔しい。
だったらもうこのまま無理矢理抱いて写真でも撮って、結婚などするなと脅してやろうか。
どうせ今後平生通りにいられるわけもないし、彼が沖田を愛してくれることもないのだから、とことん嫌われたっていいじゃないか。

「はは、……馬鹿か俺は」

物騒な考えに乾いた笑いが出た。
完全に自分は正気でないらしかった。
これ以上彼と一緒の空間にいては何をしでかすかわからない。
沖田はそう思い部屋を出て行こうとしたのだが―――その腕は土方によって掴まれた。
温かい体温に、身体がビクリと動いた。

「っ、」
「なぁ総悟」
「離しなせぇ!これ以上俺を惨めにさせねぇでくだせぇ……っ」
「まぁ聞けよ」

土方の口調は、あくまで穏やかだ。

「俺は気にも掛けてねぇ奴の勤務体制把握して、いちいちサボってんの叱りに行くような暇はねぇぞ。どうでもいい奴相手に此処まで入れ込みゃしねぇ」
「っでも!でもアンタはみんなにそうだろィ!俺だけが特別なわけじゃねぇ……」

いつだって、みんなの副長。みんなの、土方十四郎。
そして彼の視線の先にあるのは、この組の大将。
そんな彼にとっての自分なんて。

「お前は、特別だ」

土方の口から、はっきりとそう告げられた。

「俺はお前が好きだよ総悟」
「……同情ですかィ?」
「そんなんじゃねぇんだ」

土方は小さく笑って、沖田の腕をやんわりと離す。
よっこいせと腰を屈めたので何をするのかと思えば、脱ぎ捨ててあった上着から煙草を取り出した。
こんなところで出る土方のマイペースさが恨めしい。
けれど煙を吐くその姿はどうやったって男前で、それがまた沖田の心を引っ掻き回す。

「最初からお前のことを意識してたわけじゃねぇ。ほっとけねぇ奴っつー認識ばっかりが先行って、そこまで感情が行きつかなかったっつーのもある」

煙を吐き出しながら、独り言のように吐き出される言葉。
沖田は静かにその言葉の続きを待つ。

「部下相手に本気になっちまうなんて、普通思わんだろうよ」
「……」
「憎たらしくて、でも昔馴染みだっつー情も深かった。……大事な仲間だって、思ってた。守ってやらなきゃってな。それなのに気付いたらお前を意識してたよ。お前のたまに見せる男臭さに成長感じて、かと思えば胸が高鳴ったりして。お前の想いになんとなく気付き始まってからは、柄にもなく緊張したりした」

いつもの調子で話す土方の本心は汲み取りづらい。
それでもその言葉に嘘偽りはないのだとわかる。
だってその顔があまりにも穏やかなのだ。

「……俺だって、似たようなもんですぜ。ただの鬱陶しい上司だと思ってたのに、いつの間にかアンタを色っぽいだとか血迷ったこと思うようになりやした」

沖田はゆっくりと白状する。
けれどその言葉は実際、多少語弊がある。
恐らく沖田はきっかけがなかったから気付かなかっただけで、もうずっと前から土方を好きだった。
問題を起こすのは彼に構って欲しかったから、そして彼を殺したいと願うのは、汚いくらいの独占欲と執着があったあからなのだと今ならわかる。
沖田は小さく笑って、自らの掌を見つめた。

「でもね、アンタはいつだって俺の手じゃ掴めなかった。いつでも先行ってて、周りからも信頼されてて。想いはあるのに空回りばっかりしてやした」
「……あぁ」
「それでも本当に好きだったんですぜ。まぁそれに気付いたところでどうすることもできやせんでしたけど。伝える気も本当はなかったんです。……アンタ相手、だから」
「そうだな」

土方は少し困ったように笑う。
その表情さえ愛しくて、どうしようもない。

「なぁ総悟。最高にお前が好きだよ」
「……」
「でもやっぱり俺も、それだけなんだ」

そうして笑う土方の顔は、どこまでも美しい。
本当に綺麗な人だ。
どこまでもどこまでも、綺麗な人だ。

「お前の気持ちも自分の気持ちも、分かった上で敢えて見ないふりをしてきた。それがお互いにとって一番いいことだって、俺は思って来たからな」

あぁ、なんて大人なんだろう。
自分の感情を完璧に押し殺して、あそこまで振る舞える彼が羨ましい。

「俺はお前からの好意が嬉しかった。でも、応えるもんは持ってなかった。……持っちゃ、いけなかった」
「そうですかぃ。じゃあ今アンタに告白しても、俺はフられるんですね」
「フることはしねぇ。でも、応えも出せねぇ」
「…………」
「今回の見合いはなんとかして断るよ。でも今後隣に誰かを置くつもりもない。……お前であってもな」

そんな切なそうに笑わないで欲しい。
ごめんだなんて謝罪の言葉も悲しみに満ちたそんな瞳も、彼が心を痛めながら向けてくれる必要なんてない。
全てはこんな感情を抱いた、沖田自身の責任なのだから。

大丈夫だ、この責任は自分で取る。
彼に押し付けることなんて、しない。
でもどうか少しだけ、それを背負う勇気を頂戴。

「土方さん」
「総、」
「少し甘えさせてくだせぇ」

回り込んで後ろから包んだ体温は、心地よかった。
自分は本当にこの人が好きなのだと、改めて思う。

「総悟……」
「今だけ」

縋るように、沖田はその背に擦り寄る。
彼は抵抗しない。

「今だけで、いいから」

ぎゅう、と回した腕に力を込めた。
きっとこれが、彼に恋心を持って接する最後。

この温もりが自分のものにできないのだとしても、多分これからもずっと一緒にいるだろう。
永遠に、近藤を守る盾として隣同士。

「アンタが、好きです」

最初で最後の、告白。






「本当に、好き…………でした」

こうして最初で最後の沖田の想いは、今この時を持って過去になり凍結した。
























(土方コノヤロー!!)
(うおっほぉ!てめぇ死ぬだろ!)
(死ね)
(上等だァアアア!!!)


これで、いいんですよねぃ……?


(永久に叶わない、生涯交わらない。

なんて、悲しい)












END



立場上結ばれようとしない二人。
この後ハッピーエンドにすることもできるんだと思うのですが、一応半バッドエンドな感じで完結となっております。










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