「入るぞ総悟」
「へぇ、なんですかぃ」
「ちょっくら付き合えよ」
「は?どこに」

目の前に現れた土方は、いつもの調子で煙草の煙を燻らせながら誘いをかけてきた。
自室で刀の手入れをしていた沖田は、面倒臭さを装って土方を見返したが、実際は土方が構ってくれることに浮かれた。
なんだ、どうした。

「ちょっとそこまでいいだろ」
「だからどこに。もしかしてついにSMクラブに行って俺に調教される気になりやしたかぃ?」
「んなわけあるか!!飯だ馬鹿!!」
「飯?」
「おう。昼飯まだだろ?ついて来いよ」

着流し姿の土方は沖田を一瞥すると、そのまますたすたと歩いて行ってしまう。
沖田は一瞬戸惑ったが、タダ飯と思えばいいかなとその後をついていく。
土方と一緒であるというオプション付きなら、猶更着いていかない理由がない。

「あっちぃな」
「ホントですぜ」

自室では辛うじて扇風機があったが、外には冷気を与えてくれるものなどない。
部屋から一歩出ると一気に汗が噴き出した。
こうも暑いと食べる気もなかなかに削がれるから、最近はまともに一食食べた記憶がない。

「行く場所は俺が決めていいか?」
「へぇ。冷たいもん食べられるとこならどこでもいいでさ」
「了解」

既に決めている場所があるようだが、基本的に行きつけの店しか行かない土方に、果たして馴染みの居酒屋以外に食事処のバリエーションがあるのだろうか。
そもそも何故沖田に声を掛けたのか疑問である。
目の前を歩く彼は着流し姿であり、今日が非番であることを物語っている。
非番の時こそ一人でゆっくりしたいのではないかと思うのに、どういう風の吹き回しで沖田を飯に誘おうと思ったんだろう。

(ま、なんでもいいけどねぃ)

どちらにせよ今の沖田にしてみれば、土方と過ごせるのなら悪い気はしないので、今の段階で深く言及することはよそうと思う。

後ろ隣りから見る土方の顔は、暑さゆえに額から汗を垂らしている。
顎に伝うその汗さえ彼の美しさを強調しているようだ。
どこまでいっても見世物ならぬ魅世物になるこの上司は、やはり自分の元で囲っておかねば心配だなと思う。

「着いたぜ」
「へ、」

沖田は柄にもなく、素っ頓狂な声を上げた。
まさか土方に見惚れて、歩いている感覚さえなかっただなんて。
どれだけ恥ずかしいんだろう。
沖田はそれを振り払うように、促されるまま顔を上げた。
するとそこには、沖田も知らない洒落たレストランがあった。
土方のイメージからは到底想像できないその店に、沖田は唖然とする。
昼からでもやっているような隠れ居酒屋に連れて行かれるんだろうな、くらいに思っていたから、尚衝撃的であった。
しかし土方は固まる沖田を気にせず、さっさとクーラーと仲良くしようぜと中へ入って行った。











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一言で言うと、なかなかの店だ。
カフェに近いような落ち着いた空間で、空調もよく調節してある。
男二人組というのは若干浮いているものの、雰囲気故か居心地は悪くない。
出てくる料理は皆それなりに美味いから胃もかなり幸せで、久し振りにいい場所でいい昼食を摂った気がする。
しかし向かい合う土方は、手持無沙汰そうにコーヒーを啜るだけ。
元々昼食など摂らないような人だから、この時間になっても大してお腹が空くことはないらしい。
いつもならブラックで飲んでいるコーヒーに砂糖を入れてあめぇと顔を顰めてみたり、ミルクのカップの蓋が上手く取れず苦戦してみたりと、その様はなかなか面白い。
面白いのだが、本当に退屈そう過ぎて若干焦る。

「で、なんなんですかぃ。こんなとこ来て好きなモン食えだなんて……」
「いいから食えよ」
「裏しか感じねーんですけど」
「んなもんねぇよ」
「はぁ、そうですかぃ」

甘味料をブレンドし過ぎて色が変わってしまっているコーヒーは、土方の飲む気を見事に追いやってしまったらしい。あまり量の減っていないそれを早々にテーブルの隅へ押し遣った彼は、灰皿を手元に寄せて煙草に火を点けた。
沖田はデザートのあんみつを食べながら、黙ってその様子を見ていた。
この人は一体、何がしたいのだろう。
自分の飯に付き合わせると言うよりは、沖田に飯を食べさせるためにここまで連れてきたとしか考えられない。

「ねぇ、俺今日誕生日でもなんでもねぇんですが」
「あ?んなこたぁわかってるよ」
「じゃあなんで奢られてんですかぃ」
「気分だ気分」
「それで片付くと思ってんのかコノヤロー」
「……」

沖田の凄味で、土方がぐっと詰まる。
こればかりは沖田も引けない。
土方が不可思議な行動を起こすときは、必ず本人が何か溜め込んでいる時だ。
どうせ大した食生活をしていないんだろう、彼は最近また痩せたと見える。
彼自身の方が食事を摂らなければならないような状況で、見事に奢られているこちらの身にもなって欲しい。

「いやぁ、あれだ。頑張ってる可愛い部下にたまにはご褒美をってな!」
「死ねよ」
「オィイイイイイ!なんでそうなる!!」
「次本当のこと言わないんだったら消す」
「いやいや!それだけのことで俺消されるとか理不尽だろうが!」

土方はわっと怒鳴ったが、沖田の視線にぐっと詰まった。
そしてごにょごにょと、その口から言葉を発する。

「まぁなんだ、最近食欲ねぇっつってたからよ……雰囲気良くて涼しいとこで好きなもんが目の前にありゃ、ちょっとは食えるんじゃねーかと思ってな」
「は……?」
「それに暑さのせいもあるだろうけど、最近元気ねぇだろお前。ここんとこ働き詰めだしな。たまには息抜きに連れてってやろうかと思ってよ」

気恥ずかしそうにぽつぽつと言葉を落とす土方の言葉に、沖田はぽかんと口を開けた。
つまりなんだ、彼は沖田を元気づけるためにこんなところまで連れてきた、と。
そういうことなのか。
俺なりによさそうな店捜し歩いたんだぜ、と暴露する土方は、眉根を寄せて照れを誤魔化している。

なんだこの生き物は。
可愛い。
物凄く、愛しい。

だがもし沖田の元気がないとすれば、それは十中八九彼のせいである。
アンタが原因なんですけどねと沖田は思わず言いかけたが、折角こんな所に連れてきてくれたのにその言い様はないだろうと、甘い甘い餡子を口の中に押し込んで取り敢えず堪えた。

(急にデレやがったよ畜生……)

いちいち土方に心臓を飛び跳ねさせる自分が馬鹿らしい。
元々感情が高ぶる方ではないので、動揺という動揺を感じているわけではなかったが、それにしたって平生の心を保てているわけではなかった。
最近では土方と風呂場で遭遇しただけでも、なかなかに恐ろしいものがある。
どうして見慣れ過ぎた野郎の体に、あんなにも逐一反応しなければならないのか。
そうは思うのに結局興奮してしまう自分に嫌気が差していた。
それだけでも心労が半端ない。正直結構キツい。
勿論疲れが顔に表れているとするなら、それだけが原因でないことも確かだ。
最近多忙で、沖田にしてはよく働いていた。

「お、おい……」

黙り込んだ沖田が心配になったらしい。
恐る恐る土方が話しかけてきた。

「へぇ」
「その、やっぱりうざかったか?」
「は?」
「だってお前黙るし……俺がお前のために良かれと思ってすることって、結構裏目に出ることが多いからよ……今回も俺ァ余計なことしちまったか?」

ぐりぐりと灰皿に煙草を押し付けながら、土方は申し訳なさそうにちらちら此方を見てくる。
困ったようなその様子は沖田のドS心を大いに掻き立てた。
しかしこの状況でからかってやるほど、沖田も鬼ではない。

「いえ別に。久し振りに美味いもん食えて元気でやしたぜ。有難うございやす」
「そ、そうか……っ」

沖田が素直に礼を言えば、目の前の顔がぱっと明るくなる。
そんな彼を可愛い人だと純粋に想う自分は、もう確実に土方に惹かれまくっている。
忙しい合間を縫って、慣れない店探しなんてものをやってくれた彼が愛しい。

「そういや土方さんて今日非番ですよねぇ」
「あ?まぁな」
「だったら俺に付き合いなせぇ」
「なんか厄介な仕事でもあんのか」
「いえ仕事の用じゃないですけど。ちょっくらアンタを連れ回そうかと」
「いやいやお前が非番じゃねぇだろ!」
「俺はサボリという仕事を慣行しやす」
「ふざけんな馬鹿!!」

先程までの可愛らしい雰囲気はどこへいったのだろう。
額に青筋を立てた土方はヤクザ級に柄が悪い。

「……それでも可愛いだなんて、末期ですよねぇ」
「あぁ?」
「いいえ。取り敢えず御馳走様でした」

沖田は最後に土方が弄んだコーヒーを一気に胃へ流し、席を立った。
何飲んでんだよと焦る土方に、勿体無いですからねぇなどと返しておく。

これだって一応、間接キスというやつだ。

この歳になって恥ずかしい。
そう思いつつも心に広がる温かさの方が勝って、沖田は唇を押さえ小さく微笑んだ。

その後沖田はあの手この手を使い土方を言いくるめ、巡回と称していつものコースを日が暮れるまで練り歩いたのだった。










伝えることはできないかもしれない。
でも、想うだけならきっと自由だ。


















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