紙に書いてある指定された場所は、町から外れた廃材置き場だ。
ただでさえ人影がない上、未開拓に近いその地は、季節柄の空気によってより閑散としていた。
幕府の目も行き届きにくいのが実際で、確かに表に顔出しできない者が指定するには絶好の場とも言えた。

土方は生きているのか。
無事なのか。

沖田の頭の中はそればかりだ。
簡単に死ぬ人間じゃないのは知ってる。
強いのもよく知ってる。
でも彼だって人の子だ。
心臓を一突きされても生きていられるほど化け物なわけじゃない。
沖田は自らの愛刀を一撫でし、一歩一歩を踏みしめた。
やがて少し進むと、小さな建物が見える。
沖田は躊躇うことなくそこへと突き進んだ。
怖さなど、ない。

「おぅい、来てやったぜぇ」

一人である以上、下手でに探るよりは正面から入ってしまった方が楽だ。
沖田はその建物の中に向かい声を上げた。
目を凝らすが中は暗く、日が落ちてきた今となっては外からの光源も期待できない。

「……誰でぃ」

暗闇で、誰かの動く気配がした。
次いで局長を出せと言ったはずだが、との声が響いた。
その気配は段々と近付いてきて、沖田でも姿が確認できる近さまでやってきた。

覆面を被った男が一人。
よく見るとその周りには、同じく覆面姿の奴が数人いた。
ガタイからして全員男か。
他に大勢の気配は感じないので、恐らく相手方の人数は多くない。

「近藤さんが来るわけねぇだろぃ。俺で我慢しなせぇ」

そういうと、こいつがどうなってもいいのか、と。
覆面男の一人が、奥の方を指差した。
少しずつ慣れてきた目が、暗闇で微かに動いたその影を捕らえた。

「ひじかたさん……!」
「総、悟……?」

よかった、生きていた。
少しずつその姿が鮮明になるが、まぁぼろぼろにやられたもんだ。
頭から赤いのを垂れ流しているわ雰囲気からして肋あたりを数本やっていそうだわで、とてもじゃないが無事だったとは言い難い。
それでも意識ははっきりしているようだし、致命傷となるような傷も負っていないと見える。

本当によかった。
沖田は不覚にも安堵の溜息を洩らした。
しかしここで安心している場合ではない。
土方を助け出さなければ意味がないのだ。

「その人を解放しろぃ」

沖田は愛刀を腰から引き抜き、目の前の男たちに向けた。
しかし男たちは笑うだけだ。
その内の一人は、土方の漆黒へ強引に手を差し入れた。

「げほっ、」
「土方さん!」

上向けよ、と土方の髪を掴みあげるその仕草に吐き気がする。
ぐっと刀を握る手に力がこもる。
だが男たちは沖田の剣幕にさえ笑い声を上げる始末だ。

あはは、馬鹿だな。
局長が来ない時点で、交渉決裂だろう。
まぁでも部下のそいつでも、役割が果たせないことはないか。
そうだな。

(役割……?)

彼らはごちゃごちゃと何やらしゃべっている。
そして一人の男がまた土方にべたりと触ったので、沖田は思わず声を荒げた。

「その人に触んな」

気安く触るんじゃねぇ。殺されてぇのか。

沖田の中で、どろどろとした感情が湧き上がってくる。

「まず、お前らは誰でぃ。浪士じゃあ……ねぇな?聞き覚えのある声もあるようだしねぃ」

沖田の問いかけに、男たちが意外にもあっさりとその覆面を剥ぐ。
ただ好奇心で武器を集め、好奇心で真選組にけしかけただけなのだろう。
その場にいる者の中には、何人か見知った顔触れもある。
色々な寺子屋から講師をしてくれとお呼びかかかる、巷でも名の知れた有名な男を始め、頭のよさで知られる博学者達が揃い踏みだ。真選組が偵察がてら行った施設先で、何度か交流を交わした人間もいる。土方はそのせいで気を許してしまったんだろう。
あまり名の知れていない組織の名前を知っていて使えたのも、土方を易々と捉えることができたのも、彼らならば納得がいく。

(チッ……馬鹿共が)

名誉がありながらも副長誘拐なんて狂ったことをしでかすとは、頭のいい奴の考えることなんて到底理解できないなと改めて思う。いっそ反吐が出る。
一部の噂ではその頭のよさ故に、裏で浪士達と繋がり策略を練っている連中も少なくはないと聞くから、今回しっかり検挙すれば嫌な情報が沢山出てきそうだ。
だが申し訳ないが、沖田にとってそんなものはどうでもよかった。
一般人だからと手加減する気もない。
こいつらは土方に傷をつけた、立派な犯罪者なのだ。

「目的はなんでぃ。単なる天才のお遊びかィ?」

そう問いかけると、男たちは下品な笑い声をあげた。

副長さんが欲しかったから誘拐したにきまってんだろうが。
アンタらに恨みはねぇし、テロどうこうにも興味はねぇ。
ただ俺らみんなひと目会ったときから、こいつに惹かれてるんだ。
こいつ、男のくせにいい顔してんだもんなぁ。
慕ってる局長さんの前で啼かせてやったら、楽しいんじゃねぇかと思ったんだよ。

それらの言葉を聞いて、沖田はじわりと嫌な予感が胸に広がるのを感じた。
近年男色主義者は増えていると聞く。
金がなく女を買えない男たちの末路だろうなんて卑下たことを言われがちだが、お偉い方の中でも酔狂としてそういった場所で男を抱くと、案外ハマって抜けられなくなることもあるという。
表沙汰にはなっていないが、以前若い幕府の男が立て続けに誘拐され、散々な姿で発見されるという事件も起きていた。

「てめぇら何を……」

凄む沖田を余所に、彼らは笑うだけ。
肝が据わっているといえばそれまでだが、その笑いはいっそのこと不気味だ。
彼らに気持ちの余裕を持たせているのは、その手持ちの武器が故なのだろうか。
皆それぞれが物騒な武器を手に握っている。
どれもなかなかの一級品。中でもボス格と思われる男が持っているものは、かなりご立派な刀だった。とても素人が扱えるような品ではないはずだ。
それらをどこから入手したのかなんて考えたくもない。
きっとこいつらを拷問すれば、ボロボロと色々な情報が手に入ることだろう。

「お前ら罪が重いぜぇ?幕府の人間誘拐して暴力して脅して……挙句帯刀禁止令にも違反してやがる」

沖田が口元を歪ませても尚、彼らは楽しそうな笑い声を上げるばかり。

はは、そう怒るなよ兄ちゃん
さっきもお楽しみしてたんだぜぇ

男らはそう言うなり、沖田に土方の胸元を曝け出す。
土方はふざけんなと暴れたが、全身を拘束された上大の男数人に押さえつけられていては、いくらの彼でも身動きが取れない。

「ひ、見んな総悟……っ!」
「ッ」

土方の悲痛な叫びなど耳にも入らない。
沖田はそこを凝視した。
明らかに弄られたと思われる二つの実は、赤くぷっくりと腫れ上がっていた。
痛々しいくらいにツンと立ったそこは、きっと目の前の男たちに散々弄ばれたのだ。
幸いまだ胸以外弄られた痕跡はないようだが、そんなの気休めにもならなかった。


沖田の中で、何かがプツリと切れた。


「きたねぇ手で俺のもんに触ってんじゃねぇ」



一本の腕が、飛んだ。

「死んどけよ」

そこから先は、自分でも覚えていない。
ただ怒りしかなかった。
過去感情に任せて剣を振るうなどしたことがないというのに、どうしたことだろうか。

軈て気が付けば立っているのは自分だけ。
刀にはいったい何人の血が付着しているのだろう。
沖田は血だまりの中を進み、眼を見開いている土方の元へ近付いた。

「そ、ご……」

見上げてくる土方は、心なしか怯えた目をしている。
沖田はそれに構うことなく拘束を解いてやり、自らのスカーフを切り裂いて出血している部分の応急処置を施した。
目に毒な赤い実は、ボタンの弾け飛んだシャツを前で合わせ本人に握らせることで、早々に視界から外した。
男に身体を弄られた癖に大してショックを受けていないのは、きっと過去何度かこんな経験をしているからだろう。
男女ホイホイなのは伊達じゃないということだ。
それを可哀想だと思うよりも、嫉妬で今すぐ目の前の彼を犯してやろうかと思う衝動の方が先立っていた。
本当にどこまでも魅力的で、いっそのこと憎らしい。

(チッ……また風邪引くぜアンタ)

長時間こんな場所にいたせいか、その体は凍えきっていた。
沖田はその肩に自らの上着を掛けてやる。

「思ったより元気そうで何よりですぜ」
「……こいつらは一般市民だぞ」
「だからなんだってんですかぃ」

テロとは関係ない人間達相手だからなんだというんだ。
こんな目に遭っても尚、こいつらの心配をするのかと思うと腹立たしい。
彼を傷つけたこいつらを、許せと言うのか。

(アンタ、死んでたかもしんねぇんだぜ……?その上身体弄られて……ッ)

「俺は当然の制裁を下したまでですぜぇ」
「お、まえ……だからってこんな……」
「ここまですることはなかったですかぃ?……とんだ甘ちゃんですねぃ、アンタは。一歩間違えりゃあこいつらの遊びに巻き込まれてアンタは死んでやしたぜ。死なずともマワされて世間歩けなくなってたかもしんねぇ」
「でもよ……ッ」
「すいやせんねぇ。けど俺は許せなかった。始末書なら後でいくらでも書きまさぁ」

沖田はくるりと踵を返す。
携帯で山崎に報告を入れ、土方を頼むとの旨だけ伝える。
せめて近くまで行きますと言ってきかなかったのを押しのけてきたわけだが、恐らく周辺に待機しているんだろう。
びちゃちびちゃりと靴の底に纏わりつく赤が煩わしい。

「総悟!!!」

掠れた声に、後ろから呼ばれた。
振り向くことはしなかった。
……できなかった。

「おい!」
「なんでぃ」
「……ありがとう」

あぁ、本当に。
アンタはどこまでも酷いお人だ。













「アンタが俺だけのもんになったらいいのに」

そうしたらこんな目には逢わせない。
一生傍で、守ってあげるのに。

でもきっとアンタはそんな権利、一生かけたって俺にはくれないんだ。





















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