その日の沖田は、機嫌が良かった。



昨日少しばかり大きな捕り物をし、今日は朝から土方を構いに構い倒した。
食堂では自分の好物が朝昼と立て続けに出たし、巡回中も上手くパートナーの隊士を巻いて、馴染みの茶屋でゆっくりした後暫く惰眠を貪れた。
気温もさほど寒くない、所謂冬晴れというやつで、比較的過ごしやすかった。
なかなかいい日だなと、暢気に沖田は思っていたのだ。

しかしそんな平穏な時間は、一本の電話によって容易く打ち砕かれてしまった。

少しずつ日が傾き、そろそろ屯所に戻ろうかと欠伸をしていた頃。
突如携帯が鳴り響き、眠りから起きたばかりの脳を直撃した。
どうせ一人で帰ったパートナーの隊士を見た土方が、説教か何かをするために電話してきたのだろうと思った。
だが差出人を見ると、その名前は珍しい人物だった。
彼は土方直属であるために、実際滅多なことでは沖田に連絡を寄越さない。

厭な、予感がした。

「……なんでぃ山崎」
『あ、隊長!よかった出てくれたんですね!!』

珍しいこともあるもんですね、だとか、寝てて出てくれないかと思ってましたよ、だなんて続ける山崎は失礼極まりない。
恐らく土方が沖田に電話を掛け、なかなか繋がらないという光景を普段目の当たりにしているからなのだろう。

「んで、なんの用でぃ」
『あ、はい。とにかく屯所に戻ってきてください』
「は?」
『一刻を争います。とにかく一度帰ってきてください!』

山崎の堅い声が響く。
緊迫したその様子に、沖田はうんこでも我慢してんのかよと冗談を言いつつ、承諾の旨を伝えてその通話を切った。
用件自体は教えられていないが、あまりいい事態にはなっていないようだ。
他の隊長達にも緊急招集がかけられているのだろうか。
しかし事が重要であるのなら、尚更土方が電話を掛けてきてもいいはずだ。
やはり土方に何かあったのだろうか。
山崎が動くとしたらそれしか考えられない。
沖田は平生と変わらなかった朝の土方を思い出しながら、屯所までの道のりを辿った。









屯所に着いてすぐに、土方が電話を寄越さなかった理由が判明した。
厭な予感も、見事に的中。

「……なんだってィ?」

沖田は見せられた紙切れを前に、茫然と立ち尽くした。

息を切らしながら戻った屯所の門前では、山崎が沖田を待ち構えていた。
その様子は落ち着きがない。
沖田はそのまま局長室まで連れて行かれた。
中に入ればそこには数人の隊長らと近藤の姿があった。
そして読んでみろと手渡されたのは一枚の文。

土方を捕らえた、との文面だった。

その後には、土方の命が欲しければ局長一人で来いとの文字が続く。
走ってきて火照っていた体が、一気に冷めていくのを感じる。

「なんでまたこんなまどろっこしいことを……。他の平隊士人質ならともかく、ブレーンの副長を捕らえた時点で、直接幕府を揺するなりしてもっと派手に動いてくるかと思うんですが。この一派はそういうタイプですよ」
「確かにな。とすると直接真選組に恨みがある別の奴らっつーことか?最近は有名な一派の名前で脅しをかけてくる奴らも多いしな」
「そうだな……今の時点ではなんとも断定できんが、その線は濃いかもしれん」

山崎、原田、近藤と続いた言葉など、沖田は頭に入ってこなかった。
今沖田の中にあるのは、土方がいなくなったという事実、ただそれだけだ。
この組の頭脳である彼は、浪士達にしてみれば真選組で一番厄介な存在だ。
早く潰しておきたいと、一人の時を狙って奇襲をかけるなど十分あり得る話だ。
その首には近藤と同等の価値があるし、真選組を確実に潰そうと思うなら、組を動かす土方を攫う方が利口である。

勿論悪戯の手紙である可能性も高い。
名高い浪士の名を名乗った脅迫状などごまんと届くのだ。
しかし昼からずっと戻らないらしい土方を思えば、なかなか無碍にもできない。
それに今回の文に書かれていた差出人は、最近真選組が極秘で捜査していたとある一派だったのだから油断は禁物である。
まだ名の知れない一派なので、一般人が悪戯で使える名前とは考えにくい。

「もう日も落ちてきてるから、早いとこ勝負つけた方がよさそうだな。……行ってくる」
「きょ、局長!本当に一人で行かれるおつもりですか!」
「相手がそれを要求してるなら仕方ないだろ」

近藤は今から死ぬかもしれない状況なのに、それでも豪快に笑っている。
自らの刀を手に、ゆっくり立ち上がった。
さすがはこの組の愛され大将である。
しかし今まで一言も発さなかった沖田が、それを制した。

「待ってくださせぇ近藤さん」

それは、アンタの役目じゃねぇんだ。

「俺に行かせてくだせぇ」
「お、きたさん……?」
「な、何言ってやがる総悟。危ねぇんだぞ!」

近藤と山崎は止めたが、沖田はそれに構わず戸を開いた。

「いいから」

沖田の目は、本気のそれだった。

「俺が、行きやす」

他の人間など許さない。
彼を傷つけるのも、彼を助け出すのも、自分でなければ気が済まない。
ただその想いだけだった。





「ほんとに、手間のかかる上司でさぁ」

俺がいなきゃダメだねアンタは。














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