きっかけとは本当に些細なもので。
人を嫌いになるのも好きになるのも、一瞬の内でいくらだってできる。
人の感情なんて単純なのだ。

でもこの想いの深さはどうも、ちょっとやそっとで語れるほど軽いものでもなさそうだ。











「半年?」
「あぁ」

さらりと告げられた事実に、沖田はせいせいすらぁ、と口元を吊り上げた。

土方が京へ行くになった。
今回は少し長い出張になるらしい。
もしかしたら土方と出会ってから、一番長く離れるかもしれない。

(まぁた変なのに目ェつけられたのかねぃ)

あぁ見えて彼は、一部の人間には大変評判がいい。
あの真面目な性格と整ったルックス故に、上官の娘や上官そのものが土方に固執することも少なくない。
今回わざわざ土方が半年も真選組の席を外さねばならなくなったのも、専ら上から名指しで来た要望だったらしい。

半年副長がいないと言う状況は、真選組にしてみれば複雑だ。
土方の厳しさを苦手とする若い隊士達の中には、気が楽になると喜ぶ者もいた。
だがいかにこの組における土方が重要で大事な存在であるのかを知っている面々は、この半年に多大なる不安を抱いていた。
万が一大規模なテロが何の前触れもなく起こったとしたら。
誰が的確な指示を出し、誰が先頭に立って士気を上げると言うのか。
近藤は確かに偉大だが、作戦や策略といった頭を使うことにはとことん疎い。

沖田も気兼ねなくサボれると思う反面、実際の胸中は複雑だった。






土方が京へ行く前夜。
その夜、沖田は副長室を訪れた。
暫く離れるために、弄り納めをしておく必要があるかと思ったが故だった。
入ってみればそこには、明日への準備をする土方の姿があった。
鞄に詰め込まれているのは、大量のマヨネーズと煙草。
その光景に溜息を吐かざるをえなかった。

「おう総悟。どうした」

入る前に声を掛けろといっても、沖田にはもう無駄なことなのだと知っている土方は、沖田が入ってきても表情一つ変えない。

「どうしたって……鞄の中がひでぇ有様なんですが」
「あぁ?あっちに行っちまうと碌に買い物もできねぇからな。蓄えておくに越したこたぁねぇだろ」

いやいや、蓄え過ぎだろう。
明らか体調を壊す気なんだろうが。
これでも一週間持つかわかんねぇくらいなんだぜとか何とか言ってるのは嘘だと信じたい。

「にしても明日からアンタがいねぇと思うと寂しいですぜ」
「おいなんだその笑顔。言葉と表情が真逆なんだけどお前!」
「いやいやそんなことは。アンタだって寂しいでしょうや。今日くらい一緒に寝てやりましょうか?」
「はぁ?」
「可愛い部下と半年も離れるんですぜ?補給しときなせぇ、俺を」

怖い夢を見た時、無言で枕元に立った沖田を、やはり無言でその布団へ招き入れてくれた土方。
なんとなくそのことを思い出して、沖田は冗談でそう提案して見せた。
勿論何馬鹿なこと言ってやがる、と顔を歪めてくれることを前提に想定しての上だった。

「別にいいぜ」

しかしさらりと返ってきた言葉は、予想外だった。

「え……」
「今日は冷えるしな。来いよ総悟」

荷物を端に寄せ、よっこいせと声を上げて寝床へ入った土方は、一人分のスペースを開けてぺろんと掛け布団を捲る。
何の躊躇いもないその行動に、さすがの沖田も焦った。
悪戯はやめろよとかなんとか言ってる彼には呆れるしかない。

「アンタ……馬鹿ですかィ」
「あぁ?」
「一緒に寝られるわけねぇだろぃ」
「は?なんでだよ」
「なんでって、」

昔とは違うんですぜ。
そう言いかけて、沖田は口を噤んだ。
確かに昔とは違う。
でも土方にとってそんなこと、関係ないのかもしれない。
土方から見る沖田は、いつまで経っても昔と変わらないに違いないから。
沖田を見る目は、明らかに慈愛のそれだ。
今この時だって、そう。

「……一人で寂しく寝てろってんでぃ」
「あ、おい!!」

沖田はふん、と鼻を鳴らして、副長室を後にした。



なんでこんなにも、対等ではないのだ。
なんでこんなにも、昔と変わらない。


なんで、こんなにも。








自分ばっかりが、ドキドキしてるんだよ。










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