ぷらりぷらりと寒空の下を徘徊する。 首元に巻かれた防寒グッズは、あまりの寒さに耐え兼ね昨日押入れから引っ張り出したものだ。 正確に言うと、そろそろ寒くなってきただろうがと土方に手渡された。 なんで沖田の私物を土方が持っていたんだろうかと疑問に思ったが、去年温かくなってきた頃に副長室に放り投げた可能性が高かった。 沖田の場合いらなくなったものに関しては、何かと副長室に置き去りにしていくことが多い。所詮沖田にとってのそこなどゴミ箱なのである。 そのため副長室の押入れには、異様なまでに沖田の私物が詰め込まれていた。 土方は土方で文句を言う所か、律儀に畳んで仕舞ってくれているのだから笑える。 「さみぃ……」 首元のふわふわに鼻先まで埋めながら、赤くなった手を擦り合わせる。 寒がりである自覚があるのに、冬場の必須アイテムであろう手袋は好きではなかった。 手全体にもこもこした感触があるのがどうも嫌なのだ。 剣を振るう者としては寒さで感覚がなくなるのも頂けないが、それ以上に手を開放的にしておきたいという沖田なりの拘りがこんなところで出ている。 取り敢えず家に帰ったら、副長室の押入れで袖が長めのコートでも漁ろうと思う。 それならあくまで手は自由だ。 無くても強請れば近藤あたりが買ってくれるだろう。 あの人は俺に甘ェかんなぁ、と心の内でぼやきつつ、白い息を吐き出す。 感覚のない手はズボンのポケットへ押し込んだ。 するとなんとも絶妙なタイミングでポケットから音が鳴り、手にブーッブーッと振動が当たった。 どうやら携帯が鳴っているらしい。 なんだなんだと差出人を見てみれば、そこには自分の職場で二番目に偉いらしい男の名前があった。 無視してもよかったが、というか普段は無視するのだが、後が五月蠅そうだと仕方なく通話ボタンを押す。 なんせ前日に事件を少しばかり派手なやり方で始末してしまったせいで、莫大な損害が生まれその男は大変ご立腹だったからだ。 後処理も何かと頑張ってくれたようなので、御機嫌取りの一つでもしてやらねばなるまい。 沖田でもその辺に関しては多少の情がある。 悴む手ではボタン一つの動作でも億劫だなと思いながら、通話が繋がった瞬間に言葉を発した。 「へぇ、沖田総悟はいません」 『あぁ?いるだろうが。今この電話に出てらっしゃるだろうがお前。んな冗談はいいんだよ。お前今どこにいる』 声のトーンからして、どうやら急ぐ事態が起きているらしい。 沖田は口元から生産される白を見つめながら、携帯を利き手ではない方に持ち替え愛刀をひと撫でした。 もしかしたらちょいと暴れられるのかもしれない。 僅かに血が騒ぐのを感じる。 「どこって……なんでですかィ」 『最近山崎に張らせておいた奴らがいるんだが、その内数人の目撃情報が入った。お前が時間通りに正しく巡回ルート回ってんなら、現場に近いと思ったんだが』 「あぁ、なるほど。因みに今見渡す限り、目の前に健康ランドがありやすけど」 『はぁぁ!?思いっきりルートから外れてんじゃねーか!!つか同伴の隊士はちゃんと横にいんのかお前!』 「すいやせんねぇ、ちょいと息抜きしてたもんで。ペアの奴は上手く巻きやした」 『アホかぁあ!!何故仲間を巻く必要がある!!」 「快適なサボりのためでさ」 『何サラッと言ってくれちゃってんだ!!おかしいだろうがてめぇ!!』 「まぁまぁ。取りあえず今から現場に向かってやりやすよ。場所はどこですかィ」 ただでさえ今は色々な案件が重なって隊士不足が深刻なのだ。 現に屯所では、待機している人数より出回っている人数が遥かに上回っている。 あまり大事ではない事件などは、自分の様に外回りしている類の人間がちょっくら片付けるくらいでないと、とてもじゃないが回らない。 場所の説明をする土方の声を聴きながら、沖田は疲れの溜まる肩を鳴らした。 最近は妙に忙しい。大きな事件はあまり舞い込まないが、大事にはならずとも放ってはおけない程度の事件が頻繁に小出しされている。 御蔭で非番さえ碌に休めないまま、この寒空の下を駆けずり回る羽目になっているのだ。 本当に勘弁して欲しいと思う。 そもそもこうして寒い季節は、暖かな炬燵に埋まって眠るのが正しい過ごし方だと、長年相場は決まっているはずだ。 「へぇ、へぇ。はぁ、なるほど。確かその周辺ってその手の奴らの溜まり場って言われてんでしたっけ」 通話をしながら、沖田は小走りで現場に向かう。 寒さで鈍る足の動きが少しばかり情けない。 『あぁ。俺も丁度取り扱ってた案件が片付いて出先から向かってる。手飽きの隊士を行かせるよう屯所に指示も出してある。現場には山崎が先に行ってるはずだから、まずは奴の指示を仰いでくれ。……くれぐれも気を付けろよ』 「へぇ」 ぶつり、と何の躊躇いもなく断たれた電波を確認し、沖田も携帯をしまう。 今回の件は何やら数人の男達が、どこぞの店で屯しているとのだった。 そしてそいつらが、ここの所目を付けていた攘夷浪士の仲間である可能性が高いらしい。 (馬鹿ばっかりじゃねーかィ。最近はどいつも程度が知れてる) 浪士のくせに見つかる可能性の高い場所に姿なんか現してんじゃねぇよと言いたい。 もし沖田が反幕府側の人間だったのなら、絶対にもっとうまくやる。 今回仕留める奴らは、恐らく一派の中でもかなり下っ端の部類だろう。 緊急体制が敷かれるわけでも、土方が現場に到着するまで待てとの指示もないのだから、大きな捕り物であるわけがないのだ。 取り敢えず応援を待つまでもなく、山崎から粗方の情報を聞けば沖田一人で十分だろう。 土方が到着した頃には解決済みになっているに違いない。 (……しっかしなぁ) 沖田はふと、先刻電話してきた彼を思い浮かべた。 出先からも指示を出さねばならないとは、本当に大変な人だなと他人事のように思う。 そんなの知ったことではないが、実際沖田が巡回だということを把握しているということは、数ある隊士達のスケジュールもある程度は頭に入っているわけだ。 まさかいちいちシフト表の確認などはしないだろう。 書類を持ち歩くのを面倒だと嫌う彼なので、頭がノートのようなものなのだと思う。 そして恐らくそのノートには私事の予定など書き込まれてはおらず、常に真選組のことで一杯に違いないのだ。 本当にどこまでも仕事人間過ぎて、いっそ憐れんでしまいたくなる。 そしてどこまでも律儀な人だ、とも思う。 どんな時でも任務に赴く際は“気を付けろよ”との言葉は忘れない。 先程の通話がいい例だ。 例えそれが沖田相手であれ、彼の中では心配する大事な部下という対象なのである。 彼は誰にでも平等だ。 とはいえ近藤には過度に傾倒しているし、好き嫌いもハッキリしている。 だが困った人間は放っておけない。情も深いし、嫌いな人間相手でも完全に見捨てることはできない。 その甘っちょろさが、沖田は嫌いだった。 何が鬼の副長だと笑ってやりたい。 沖田に至っては日々その命を狙うような真似をしているというのに、それでも常にこちらを気にかけてくる。 近藤がよく“トシは総悟に甘いなぁ”と笑うが、全く持ってその通りだと思う。 いつだって土方にとっての沖田は“守る対象”なのだ。 部下であり、昔馴染みであり、仲間。 全く持って不愉快だ。 「俺なんて、放っときゃいいいのにねィ……」 彼の全てが、沖田にとってはいちいち勘に触る。 昔からいつだって、土方は何かと沖田の目の前で苛立つ対象としてちらついている。 そんな彼が、沖田はとにかく嫌いだった。 ……嫌い、というより、苦手だった。 自分の根底が彼を遠ざけたいと思っている。 理由なんて知らない。 本能が彼を拒絶しているのだから仕方ない。 彼と共にいて楽しいと思うこともないわけじゃないが、圧倒的に胸を締め付けられるような思いに駆られることの方が大きかった。 本当に厄介で、でも立場上離れることができないから困ったものだ。 沖田は小さく溜息を吐いて、せめてその彼の出る幕をなくしてやろうと今からの任務へ意識を集中させた。 |