「んんぅ、そ、ご……」

何がどうして、こうなったというんだ。

スナックすまいるから電話があり、近藤を回収しに来た土方。
沖田も寒い中、面白半分でついてきた。
土方は近藤を宥めながら、妙の愚痴を聞いて申し訳なさそうにしていた。
それでも気付いたら近藤のよさを語り出して目の前の女を呆れさせているのだから、土方の近藤信者振りは恐れ入る。
因みに土方本人は全く気付いていないようだが、一部の従業員は土方の登場に色めきだっていた。
なんたって見た目は上玉、オマケに金も持っているのだから無理はないだろう。

「あー、じゃあこの辺のを適当に頼むわ」

上司が店を荒らしたことへの謝罪の意味を込め、土方はメニューを指差しながらいくつか酒を頼んだ。
どれも値はそこそこだが度は低い。
それは即ち、売り上げには大いに貢献する形になるものの、酔っ払って店に迷惑を掛けるような事態は起こり得ないという、店側からしたら非常に有り難い注文なのだ。
尤も彼は、元々人前で酒を制限して飲む人ではある。
正確に言うと、彼まで酔ってしまっては収集を付けられる人がいなくなるから、彼は飲む量を抑えざるをえなくなるのだ。
羽目を外せる場でも外せない、いつでも苦労人なのである。
時々非番の日にどこかの銀髪頭と飲み比べをしてべろんべろんになった挙句、時間など関係なく山崎を呼びつけて回収させたりするが、それも本当に極稀のことだった。

今日も土方は度数や量の調整でほろ酔い程度に留まらせ、ゆっくりとしたペースで飲んでいた。
沖田はといえば酒ではなく烏龍茶を飲まされ、ムスッとする羽目になっている。

「ん、う……あちぃ」
「ちょ、酒くせぇ……」

それがどうしたことか。
なんだ、何が起きた。
どういうわけか、土方は気が付いたら見事に酔っぱらっていた。
沖田がちょっと便所に行ってひと涼みしてきたその間に、一体何があったんだ。

「そぅご……」
「だからくせぇって。暑苦しい」

しかもあろうことか、便所から戻ってきた沖田の姿を発見するなり絡んでくる始末。
こんな土方を見るのは滅多にないことなので、多少は面白いという思いが生まれるものの、やはり酔っ払いの絡み程うざいものはない。
沖田は烏龍茶を啜りながら煩わしいとばかりにその体を押しのけた。
これが可愛いねぇちゃんだったのならまだしも、毎日飽きる程一緒にいる口煩い上司ともなれば気が萎えるのは必然だった。

「そーご、おまえはいつまでもちっちゃくてかぁいいなぁ」

払いのけたのにまたくっついてきた。
へにゃりと笑って嬉しそうに沖田の髪を撫でる土方は、普段の強面からは想像できない甘ったれぶりを披露している。
うげぇ、気持ち悪ぃ。
沖田は溜息をついて、値の張るフルーツの盛り合わせを頼んだ。
腹いせに土方の金でとことん遊んでやろうと思った。
しかし出てきたフルーツを食べるにも、土方が邪魔で仕方ない。
なんなんだもう。

「土方さん、離れなせぇって」
「んー」

屯所で書類処理をしていた土方だったが、今日は非番の日であったようで黒い着流し姿だ。
酔った事で乱れた着衣は、うっすら色づく胸元の飾りを惜しげもなくチラつかせている。
不覚にも綺麗な形と色だなとぼんやり思うが、男の乳首に反応するような趣味は生憎持ち合わせていない。

「ちっ、気色わりぃもん見せやがってアンタは……」
「んん?」

とろんとした彼の周りから突き刺さる、幾多もの好奇の目。
それには従業員だけでなく、客の男たちのものまである。
その眼差しは、明らかに性的なそれを含んでいるように思う。
確かに目の前のその姿から感じるのは、間違いなく色気という類のものなのかもしれない。
どこでもそんな感じだから、男に女にホイホイなのだろう。
しかし一人の色男が酔っぱらって服を肌蹴させているだけなら、ここまで色めき立つことなどないはずだ。
何故それが土方だとここまで人の目を集めてしまうのだろう。
ある種の彼が持ついらぬ才能だと、沖田は心の中で苦々しく思う。
女は勿論、男に告白されて戸惑う土方の姿を、今まで見てこなかったわけではない。
それを若干不憫に思ったこともあったが、こんな色気を振りまくようなことをやっているようでは自業自得である。

(酔う度こんなんなのかねぃ、この人は)

部下の前では人一倍プライドの強い彼だからだろう、長年一緒にいる沖田でさえこんな姿はまず見たことがなかった。
酔っても多少短気に拍車がかかる程度で、こんな甘えたになる土方など知らない。
けれどもしかしたら、自分の知らない所ではいつもこんな感じなのかもしれなかった。
残念ながらというべきか、本来の彼の酔った姿がどういうものなのか、沖田は理解していない。
自分は長年一緒にいるが故に彼のことをそれなりに知っているはずなのに、これはどういうわけだろうか。

「なんなんでぃ……」

自分の知らない彼がいることが、酷く不快だった。
ぶすっと溜息を吐くと、最近忙しかったんですって、と横から妙が顔を出した。
続けて、そりゃあこんな役立たずのゴリラが上司じゃあ、彼もお酒に溺れたくなるわと笑顔で告げられた。
どうやら曲がりなりにも、土方が酔っぱらってしまったことを仕方のないことだと言ってくれているらしい。
なんだかんだでこうして誰もを知らずに味方につけてしまう彼がまた、酷く恨めしくなる。
でもその一方で、何故彼のことを他の人間に教えられなければならないのかとも思う。
少なくとも彼のことは、こんな女より自分の方が知っていると思っていたのに。
やはり自分は何もわかってはいなかったのかもしれない。
沖田は無意識に奥歯を噛み締めた。

「疲れて酒に走るたぁ、上に立つもんがすることじゃないですぜ」

沖田は独り言のように呟く。
疲れたとか、苦しいとか。
そういった弱音を絶対表に出さない人だから、爆発した時は恐ろしい気がしてならない。
今日はそれなりに溜まっていたに違いない。
非番だったと言うのに、書類処理に追われていたくらいだ。
ストレス発散になっていただろう居酒屋での愚痴零しも最近していないようだし、ここの所内勤が増えたことで銀時との盛大な喧嘩も減っていたようだから、ワッと苛々や疲れをぶちまける時間がなかったのだろう。
プライドが高く屯所を神聖な場なのだと思っている彼は、いつだって違うところでストレスを消してくるのだ。真選組の連中には絶対に弱い部分を見せない。勿論沖田へも。
なんだかそれが無性にイラついた。組の全てを抱え込んでるみたいな顔をしないで欲しい。
本当にどこまでもイラつく人だ。
沖田はその苛々のままに、ポケットから携帯を取り出しムービーの準備を始めた。

「こっち向いてくだせぇ土方さん」
「んぁぁ?」

ピッと音をさせ、その姿を録画する。
ぽやっとその画面を見つめる土方は、事の次第がよくわかっていないようだ。

「おまえ、なにとってんだよ」
「アンタを脅す道具ですぜぇ」
「おぃぃ、やめろばか」

眉毛を上げて怒る素振りを見せながらも、その口元はだらしなく緩んでいる。
完全に阿呆の子だ。
沖田はきっちりその姿を携帯に収めてやった。
むかついたときは虐めてストレスを発散するのが一番だ。

「んんん……」
「ほら、いい加減帰りますぜ」
「おったえさぁぁぁん!!!!」
「檻に帰れゴリラァアアアアア!!!」
「近藤さんも帰りやすよ」

結局沖田は、右手に近藤左手に土方をそれぞれ引き摺る羽目になった。
……実際は土方を背に乗せ、近藤を片手で引き摺る感じだ。
近藤の扱いが粗雑なのは仕方ない。
土方は意外にも沖田の背におぶさることを拒まず、しっかり首に腕を回したので、片手で尻を支えるだけでも落ちることはない。

「ううん……」
「土方さん、勘弁してくださいよ。飲んだくれ二人を抱えて帰るだけの体力なんてさすがにありゃしやせんぜ」
「そぉご……」

ぐりぐりと背に押し付けられる頬に溜息を吐く。
本当は重くなんてない。
近藤はすこぶる邪魔だが、土方は驚くほど軽かった。
病気なんじゃないかと心配したくなった。一時より絶対痩せた。
下手したら、沖田と大差ない体重なのではないだろうか。
忙しい彼は皆で揃って食べる食堂での朝食以外、食べていない可能性もある。
多忙なのはいいことかもしれない。彼は多分忙しいほど輝く人だ。
けれどそれが故に体調をおかしくするのは頂けない。

こんなに細っこくなっちまって。
しっかり食べて睡眠取らねぇからですぜぇ。

「手間かけさせんじゃねぇや土方ぁ」
「んー……」

こうなったら明日は、録った動画で土方を甚振ってやろう。
沖田は寒さで赤くなった鼻を啜りながら、そんな野望を抱いて夜道を踏みしめた。





因みにだが。
最終的に腕が疲れた沖田は、近藤をその辺に放り土方をしっかり抱えて帰った。

「あれぇぇええ勲なんでこんなとこにいんのぉ!?」

次の日の朝、全裸の男がいるとの通報を受け、早朝の巡回をしていた真選組の隊士が現場に向かったのだが、事の次第を把握するなり他人の振りをしてその場を去って行ったらしい。












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