W.
*
「…………………」
沈黙。静寂。
……あ、なんか頬が冷たい。
意識が戻ってから霞凪が初めに思ったのが、これだった。
「……痛ててっ、と……くそ……何がどうなったんだ……?」
何故か痛む体のあちこちに顔をしかめながら、霞凪は立ち上がった。だがしかし、まだ万全の体調ではなかったようで足がよろめき、ふらりと近くの建物の壁に寄りかかる。
……建物?壁?
「……あれ?オレ、何やってたんだっけ……」
違和感を覚え、霞凪は首をかしげた。
自分は肝試しに来ていたはずで、それで何故か本物の化け物が現れて――
「…………っ!」
そこまで考えてから、やっと霞凪は何が起こったかを思い出した。
確か自分は喰われたのだ。あの妖怪に。
「ってことは、ここはあいつの胃の中……って感じもしねェよなぁ、どうにも……」
状況を再確認したはいいのだが、どうしても記憶の先と今のこの状況が結びつかない。どうやらここも夜らしく、月明かりこそあるものの辺りは暗い。そして、誰もいない。誰も来ない。周りを見渡すと、どこか洋風な街並みが並んでいる。倒れていた時に頬が冷たかったのは、地面が石畳みだったからだ。
……何故、妖怪の腹の中に、こんな街が広がっているのだろう?
「……ああ、つまりアレかな……死んだのかな、オレ……」
一人、風に消える程の声で呟く。まあ、妖怪に喰われて既に死んでしまったというのなら、それも納得できる気はしなくもないが。だとしたら、ここは天国と地獄のどちらなのだろう。生前、自分はそんなにいい人物ではなかったと思うので、地獄の方だろうか。
(まさに、ここは地獄の一丁目……ってとこかよ……。どうでもいいけど、誰か案内寄越しやがれ)
独り言は何か虚しかったので、今度は心中で呟くにとどめた。
と、その時──
「……!」
「…………追え、早く捕まえろ!!」
ばたばたと、なにやら人のざわめきが聞こえて来た。
――地獄の案内人? にしちゃあ、随分と慌ただしいな……。
ぼんやりと霞凪がそんな事を思った、その瞬間、
微かな風切り音がして、月明かりが一瞬、遮られた。ふっと霞凪が上を見上げると、走る人影があった。家々の屋根伝いに。
「なっ……!?」
呆然として見上げながら立ち尽くす霞凪と、ふと下を見たその人物の視線がかち合う。次の瞬間、謎の人物は屋根をとんっ、と跳躍すると、そのまま音もなく霞凪の横に着地した。
「っ!?」
霞凪は驚きのあまり、思わずまじまじとその人物を凝視してしまう。肩ほどまでの長さの髪。目元を隠すマスクの向こうの瞳は、戸惑いの色こそ見え隠れするものの、悪意や邪心といった負の感情は全くない。服装は、中世を思わせる上着に、ズボンの膝から下をブーツに入れていた。
その謎の人物が、霞凪に問う。
「こんな所でどうしたんだい、少年。迷子かな?」
柔らかい、男の声だった。霞凪は、少し混乱しながらも答える。
「えっと……ここは地獄ですか?」
我ながら、間抜けた事を聞いているなと思った。
男は、戸惑った様子で答える。
「地獄……ね。まあ今の状況は私にとっては、ある意味地獄と言ってもいいかもしれないが……」
男の言葉が途切れた。再び訪れた空白の中に、ざわめきと足音が大きくなる。
「おや……追いつかれたか」
軽く眉を上げ、だが地獄というわりには楽しそうに、男は言った。
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