U.



「……あー、だるー……」

 いよいよ肝試しに乗り出す番になり、霞凪は死んだ目のままひっそりとこぼした。同伴することとなった小学生二人は、夜更かしできることが嬉しくてか、幽霊への恐怖も見せず楽しそうに騒いでいる。時折コースを外れそうになったり、幽霊役の大人にあろうことかアタックをかますので、抑えこむのも一苦労だった。

「あ、あっちね、ゆーくんの家があるの!」
「そーか、明日行け」
「わぁいおばけげっとー!」
「ちょ、ゲットするな……! ……あーあ、骸骨がバラバラ死体になってやがんの……」

 横暴な小学生たちに、ますます疲労の色が濃くなって行く霞凪だった。
 こうなればいっそこのチビども放置して帰るか、といよいよ霞凪が真面目に考えだした時、ようやく目指していた場所が見えてきた。
 この肝試しの目的、墓場まで行って、その証拠である証明書を取ってくるという、その墓場までたどり着いたのだ。
 あー、あれが……と思うと同時に、霞凪は肝試し前に語られた怪談を思い出していた。インスタントラーメン並の即興で作られたであろうその怪談は、最終目的地である墓地を舞台にした話だった。
 曰く、ある時一人の男が鬼に魂を取られてしまい、瀕死の状態になった。その男は死ぬ寸前、他人の魂を自分に取り込んででも生きたいと強く念じ、魂を寄せ集めて生き長らえたまではよかったが、それと共に体が変化し、遂には妖怪になってしまった、というものだ。そしてその妖怪は今でも、墓地に住み着いて夜遅くに現れ、その場にいる人の魂を体もろとも喰らうのだそうだ。
 因みに、この怪談を話したのは、霞凪が肝試しに参加する事となった元凶の担任だった。聞いた所によると、創作したのも彼女だとか。その話を聞いた時、どれだけ肝試しに力入れてんだあの人、と霞凪は呆れたものである。

「……じゃあ、今度はその妖怪の仮装だか装置だかが出てくるのか」

 小学生達に聞こえないよう、霞凪は呟く。ふと小学生達は、と見ると、さっきまでの元気は何処へやら、すっかり黙ってしまっていた。

「おい、どうした? さっきまで楽しんでた元気はどこへやったんだ」

 てこずらされた意趣返しとばかりに、やや皮肉気味に霞凪が声をかけると、小学生の片割れが小さな声で答える。

「なんか……気持ち悪い」
「気持ち悪ィ?」

 今更か? と霞凪は少し困惑した。だが実際、墓地に来るまではあれほど活力があり余っていたはずの小学生たちが、今ではすっかり顔色が悪い。全く動こうとしない小学生達を見て、霞凪は内心ため息をついた。

「しゃーねェな……じゃあ、ちょっとそこで待っとけ。オレが取って来るから」

 そう言い残すと、霞凪は単身、墓地へと赴いた。




 静かな墓地に、じゃり、じゃり、と砂を踏む霞凪の足音だけが響く。立ち並ぶ墓石は白いライトを冷たく反射して、不気味な陰影を浮かび上がらせていた。

「えーっと、証明書は……っと。あったあった」

 墓地を探索する事数分、霞凪は目的の物を見つけた。
 箱だけが乗っている、一台の机。それが、通り道の真ん中に、通行を阻むように置いてあった。多分、あの箱の中に証明書とやらが入っているんだろうな、と霞凪が机に向かって歩き始めた時──
 ぎいいぃぃっ、と机の向こうの空間がよじれた。

「っ!!?」

 思わず、霞凪は後方へと飛びすさる。次の瞬間、その行動が正しかった事を自覚した。
 空間がよじれ、ひずんで横に細長い穴ができ、そこをこじあけて出て来たのは、

「な……なんだアレ……」

 目の前で起こった異様な出来事に、霞凪は唖然とする。現れたのは、──文字通りの化け物だったのだ。肝試しどころの話ではない、今まで出て来た手作りの他愛ないお化けたちとは種類が違う。いや、性質が違うというべきだろうか。現れ方といい、ゆうに五メートル半はある図体の大きさといい、子供が黒い粘土で適当に人間を型どったような姿といい、目も鼻も耳もなくただ横にぱっくりと割れた口のみの顔といい、全てが常識の基準を超えていて、それが『本物』だということを嫌でも認識させられた。
 ――怪談で語られた妖怪、そいつは今でも、墓地に住み着いて夜遅くに現れ、その場にいる人の魂を体もろとも喰らうという――

「……ん、な……まさか、本当に……!?」

 しかし霞凪は、あり得ない、と頭の片隅で否定していた。
 否定、したかった。
 安全が前提の肝試しだ。第一、霞凪の組は最初ではなく、その前にも何組か出発しているが何事もなく戻ってきている。こんな、『本物』が出るはずは──
 霞凪が考えていられたのは、そこまでだった。

「シャアアアァァァ!!」
「うあっ!?」

 いきなり、妖怪の腕と思しき部位が、霞凪めがけて突きささってきた。すんでの所で霞凪は横に跳んで避け、代わりに近くにあった墓石が、ばきぃん、と不吉な音を立てて砕け落ちる。

「……すっげ、リアリティ満点だよなぁおい」

 一応軽口は叩いているものの、砕けた墓石を見た霞凪の頬には、冷や汗が伝っていた。

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