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「……というわけで、今でも夜遅い時間になるとその妖怪が出て来て、墓地にいる人を喰らうと言われています」

 怪談が終わり、子供達はきゃいきゃい騒いで、恐がったり笑ったりした。時刻は午後十一時半前、そろそろ始まる肝試しの余興として、怪談が行われていた所だ。町内会では初めての肝試しという事もあり、大人は幽霊役として張り切り、子供は当然恐がりつつも、楽しんでいる。
 しかし、そんな中で一人、さめた表情をした子供がいた。

「……嘘をつけ、どうせ即席で作った奴だろ。カップラーメンか」

 ぼそりと呟いた高校生に、偶然聞きとがめたその友人が失笑を漏らす。

「まあ、十五年くらい住んでてそんな話聞いたことないしねぇ。かといってめぼしい話があるでもないから、作るしかなかったんじゃないの」
「……ったく、なんでオレがこんな茶番に付き合わなきゃならねーんだか」

 乱暴な口調で言い捨てたその高校生は、しかし諦めたようにため息をついた。
 名前は春宮霞凪(はるみや かなぎ)、十五歳。高校一年生で、男のような口調と態度ではあるが――その実、れっきとした女子であった。
 元来、怪談の類はそんなに恐がらない霞凪だったが、今日はそれに輪をかけた不機嫌さが存在していた。そのわけは約十時間前、霞凪がまだ学校にいた時間までさかのぼる。



 昼休み、廊下をぶらついていた霞凪は、クラスの担任に呼び止められた。そして、ある事を頼まれたのだ。

「……肝試しの参加、ですか?」

 訝しげに訊き返した霞凪に、ええ、と担任である女性教師、椎名は首肯した。

「厳密に言うと、参加というか、参加してくる小学生の子供と組んで欲しいって事なんだけどね。小さな子供だけだと、夜道は危ないし」
「……要するに、ガキんちょの子守ですか」

 霞凪は深々とため息をつく。今日はどうしても、行きたくない理由があったのだ。
 一人称を礼儀的なものに切り替え、できるだけ丁寧な断りの台詞を選ぶ。

「先生。私、明日剣道の試合があるので、できれば早めにゆっくり寝て、コンディションを整えたいんですが……」
「ああ、そういえば春宮さん、剣道部なんだっけ」

 思い出したように、担任は再度頷いた。
 霞凪は学校の剣道部に所属しており、その中でも優秀な腕前を持っている。その為、試合のメンバーにもちょくちょく選ばれ、明日もちょうどそんな試合の日に当たっていた。なので、肝試しなどで夜更かしして、翌日集中力が弱まるなどという危険は避けたい所だった。

「仕方ないわね……」

 担任は、残念そうな表情を見せる。やや罪悪感を覚えながらも霞凪がほっとした時、一転して明るい顔になった担任が、あっさりこう続けた。

「まあ、肝試しは今夜午後十時半から余興として怪談、午後十一時から本格的に始まるからよろしくね」
「……あれ? 先生、人の話聞いてます? ていうか、『仕方ない』の意味わかって使ってます?」
「ええ。春宮さんが明日の試合、少し寝不足で行くとしても仕方ないわね」
「そっちの『仕方ないわね』っすか!? 全然仕方なくないですし!」
「大丈夫よ、ちょっとくらいの寝不足なら、春宮さんならコンディションに響かないわ。先生信じてるから」
「いや、信じてるとか言われてもですね……」
「だって、小学生には同じ地区の高校生をつけるって急遽決まっちゃったんだし。高三の人は受験勉強中だし」
「だったら高二の先輩や他の高一でもいいじゃないですか。私、試合があるんですけど」
「先生もねー、春宮さんは適任だと思うのよ」
「それ、どんな根拠で言ってんですか?だから試合が……」
「じゃあ、頑張ってね!」
「何すかその押切!? なんでそんな笑顔なんですか!? つか人の話聞きいてください!!」

 ──というわけで、霞凪は小学生の面倒見を頼まれ……もとい、押し付けられてしまったのだった。

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