]W.




「……そういうわけで、陛下暗殺計画は、明後日に早まったんです」
「……それはまた、難儀なことに」

 依頼人の女性の言葉に、蓮祇はため息をついた。
 女王暗殺計画に変更があったらしい、と依頼人の女性――上岡六花(かみおか りっか)という名前だった――が連絡してきたのが、最初に依頼を受けてから五日後のことだった。五日前同様、茶出し兼蓮祇の助手という立場を利用し、応接間の壁際に立ちながら二人の会話を聞いていた霞凪は、どうせなら延びてくれりゃよかったのになー、となんとなく思う。まあ、犯罪者は待ってくれない、ということだろう。
 だが、と蓮祇の方は考え込むような表情になった。
 
「わざわざ青蔭が来る時に合わせて、というのが妙だな……女王陛下の身辺警護も、一層強化されるだろうに。なんでまたあえてそんな時に……?」
「さあ……」

 首をかしげた上岡は、ああそれに、と思い出したようにつけ加えた。

「何故かは知らないんですけど……女王陛下暗殺の件、警察や幻岳奏団にも知られてるみたいなんです……」
「……え!?」

 驚きのあまり霞凪は声を発してしまい、慌てて口を閉じる。そんな霞凪に、蓮祇が険を含んだ目を向けた。

「……まさかおまえ」
「違います違います! オレだって一言も喋ってませんよ!」

 嫌疑を晴らそうと、霞凪は猛烈な勢いで首を横に振る。すると、意外にも上岡がフォローを入れてくれた。

「ええ……今の所広瀬さんには特に疑いがかかっていないので、そちらからの情報洩れという事ではないと、私も判断しています。引き続き、依頼は続行する形でお願いしようかと」
「……なら、いいんですが」

 一応だが信じておくか、といった風情ではあったが、上岡の口添えもあってか頷いた蓮祇に、霞凪はほっと胸を撫でおろす。


「しかし、警察や幻岳奏団にまで事が明らかになったとなると、ここはそういう組織に任せておく、という選択肢もあるとは思いますが」
「……それも考えたんですけど」

 蓮祇の提言に女性はうつむき、少し逡巡した後に再び口を開いた。

「どちらにしろ、未だ広瀬さんが危険な事に変わりはありません。それに、組織だとお役所仕事などで動きづらいこともあるでしょうし、個人の方でも動いて頂ければ安心です」
「では、それも踏まえて依頼に変更はなし、と」
「はい、お願いします」

 そんな確認を交わした後、軽く頭を下げて上岡は帰って行った。

「……どういう事っすかね」

 玄関の扉が閉じ、数秒した後に霞凪は蓮祇を振り返った。さあな、と蓮祇は顔をしかめる。

「俺に訊くな、知りたきゃ暗殺の首謀者探して訊いてこい」
「んな無茶な」
「じゃあ諦めろ」

 にべもない蓮祇の返事に、ええー、と霞凪は不満の声を上げる。それだけでは癪なので、一応霞凪は自分なりの考えを披露してみた。

「あの……別口から情報が漏れた、ってことはないですかね。……例の情報屋さんとか」

 いつどこで彼の名前を出していいものか判断しかねたので、結局七姿の名は伏せる。だが蓮祇には伝わったようで、いや、と迷いなく首を横に振った。

「あいつはああ見えて口がかたくてな、あそこから漏れることはない。……まあ確かに、出元が俺達とわからないよう工作した上で警察やらに情報を流すことはあるかもしれないが……今回はその可能性は考えなくてもいいだろうな。あったとしても、こっちの仕事の邪魔になるとは考えにくい」
「なんでです?」
「あの依頼人の話を聞いていると、どうも伯作社が混乱しているようには窺えないからだ」

 そう言われはしたものの、霞凪は上岡の話の内容と、伯作社の内情の関連性が、まだよく想像できずに首を傾げる。

「混乱してるから早まって暗殺決行を急いだ……とかじゃないんですかね。早いとこ殺んないとーって、青蔭さんが来るって確認もしないで」
「なくはないかもしれんが、流石に確認を怠りすぎだろう。それだと警備の強化で余計に首を絞める結果になっている。それに、脅して使ってるだけの余所者からの情報漏れを疑わないのも人が良すぎる。……もしかすると、伯作社の上層部が意図的に流したの情報かもな」
「意図的?」
「ああ。人を喰らうとかいう化け物の話、この間しただろう」

 蓮祇に示唆されて、あのことか、と霞凪も思い当たった。その件に関しては、自分も無関係とは言いがたいのだ。

「オレを喰った怪物のことっすよね、確か伯作社に半月前入ったとか……そいつが関係してると?」
「こっちに来てからの主食は幻術師らしいしな。不思議はないだろう」

 さらりと言われた蓮祇の言葉の意味を理解するのに、十数秒かかった。

「……幻岳奏団、出動するんですか。もしかして」
「表向きは、青蔭海璃の逮捕にようやく腰を上げた、って体裁だがな。例の情報屋の方から、女王の警護に動く様子があるって連絡が来た」

 旧友だという幻岳奏団の人から訊けばいいんじゃないか、と霞凪は不思議に思ったが、古馴染とはいえ気軽に話せる仲でもないのだろう。仮に親しかったとしても、やはり女王警護などという大役はおいそれと部外者に漏らせない機密事項にあたるかもしれない。その場合、七姿の情報収集能力の高さが相当なものだろうことが窺える。

「怪物とやらにとっては満漢全席って所だな。まあ胃の容量によっては朝飯前程度かもしれないが」
「……要するに、女王暗殺とは別口で『怪物に幻術師を食い散らかさせる』という目的が存在しているかもしれない、ってことですか。青蔭海璃が来る日時にわざわざ合わせたのもその為であれば、暗殺計画を流したのも幻岳奏団という警備を――幻術師という餌を増やす為だ、と」

 そこまで話をまとめてから、霞凪は一つ、疑問に思い当った。

「そしたら、女王様暗殺って狂言なんですかね? 本来ならそんなだいそれた計画を企てもできないような小物組織なんでしょ? 伯作社って」
「さあな、そこまではわからん」

 蓮祇は軽くかぶりを振る。

「どちらにしろ、油断しないにこしたことはないだろう。女王陛下がもし狙われなかったとしても、代わりに大量の幻術師が狙われるわけだしな」
「幻岳奏団の人に教えといた方がいいんじゃないですかこれ」
「実際に幻術師が失踪しているとはいえ、化け物の存在を認めてくれるかどうかわからんがな……一応硝子に伝えておくか、そこからそれとなくにおわせてくれるだろ」

 一般人の現実味のない忠告よりも、同じ警察機構の人間から、不穏な動きが見られるらしい、とぼかして通告した方が信用されやすい、ということらしい。双角なら、異世界人である霞凪が関わったようだと聞けば、怪物の話も一笑に付すことはないだろう。

「で、具体的な対策としては」
「明後日までにその怪物とやらを倒せればいいんだが、そう簡単にもいかないだろうな……」

 二日待てば餌を食べ放題なのだから、まさか今から都合よくのこのこと出てきてくれるはずもないだろう。警戒して潜伏している線が濃厚だ。
 悩んだ様子でがしがしと頭をかいた蓮祇は、しばらく沈思黙考してから思案の結果を口にした。

「……仕方ねえな、ぶっつけ本番でいくか」
「考えた結果がそれですか……」
「他に案があるなら言ってみろ」

 蓮祇に睨まれた霞凪は、素直に「ありません」と両手を肩の位置まであげる。それを
見て、蓮祇は補足説明を入れた。

「確かにお粗末だが、暗殺計画決行前に広瀬の身柄を確保したところで伯作社は潰しようがない。むしろ今度こそ逃げられるかもしれないからな。伯作社、という組織にわざわざ入っている以上、怪物も単体では動いていないだろう。なら伯作社の連中もそれなりに法を犯すつもりではいる。ただ伯作社そのものには怪物のような力があるとは思えないし、組織である以上、身の危険を感じたらまず保身に走ってとんずらするだろうな。法を犯す予定のある連中をみすみす逃がすわけにもいかん、なら当日計画実行中にそこを叩けば、少なくとも一人残らず逃がすということはないだろう」
「なるほど。で、幻術師を襲うかもしれない怪物の方はどうするんです?」
「正直そこまでは手が回らん」

 蓮祇は肩をすくめて、あっさりと言い放った。

「広瀬の件をなんとかした上で、余裕がありそうなら考える。今できる措置は、硝子に話を通しておくことくらいだ」
「……まあ、それもそうですか、ね……」

 不安は残るものの、霞凪は頷かざるを得なかった。
 得体のしれない怪物に、女王暗殺を企んでいるかもしれない組織。細部まで対策を考えていくには、懸案事項が多すぎる。上岡は個人の方が動きやすい、と言ってはいたが、個人の力だけでは抱えきれない事例がある、というのも、また事実だ。
 蓮祇との会話を終えて、自分の部屋に戻る。ふと部屋の隅に立てかけてある木刀が目に入った。これで例の怪物をどうにかできるんだろうか、と少し憂鬱になる。人間相手になら、体力が続く限り戦えるだろう。しかし、例えばあの肝試しの時、木刀を持ってきていたら怪物に勝てたのか、と自問すれば、芳しい答えは返ってこないのを自覚してしまう。
 果たして自分がこの事件で、どれだけの力を及ぼすことができるのか――明確な答えが出せないまま、霞凪はベッドに倒れて目を閉じた。
 

[ 24/26 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -