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 蓮祇は一人で、昼前の町を歩いていた。都心からはやや離れた所で、歩を進めるにつれ、だんだんとひと気がなくなってくる。

「……ここ、か」

 ある場所で、蓮祇は足を止めた。そこは、昨日別れた直後に七姿から届いた、幻術師が行方不明になったらしいという地点の一つだ。なんの変哲もないメールで届いたということは、特に金額を要する情報でも、秘匿するべき情報でもないということだろう。
 とりあえず来てはみたものの、今となっては当然の如く、何の痕跡も残ってない。そのあたりが、受け取った情報のレベルの低さだろうか。
 蓮祇が踵を返したその時、

「そこで何をしている」

 不意に背後から声がかかった。蓮祇が振り返ると、そこには厳しい目をした一人の青年がいた。
 蓮祇のよく知る青年だった。

「……廻嶽」
「おまえか、二条会」

 呼び止めた青年……廻嶽煌哉(かいがく こうや)は、相手が蓮祇とわかって忌々しそうに舌打ちする。
 そして微妙に内容を変え、再び蓮祇に質問した。

「何故おまえがここにいる?」
「いたら悪いか? たまたま通りかかっただけかもしれないだろうが。……というか、わざわざつっかかってくるってことは、この辺でなんか事件でもあったのか」

 本当はここが幻術師が消えた場所で、幻岳奏団に属する廻嶽がその捜査にあたっているのだろう、というのはおおよそ察せられたのだが、あえてそう訊いてみる。七姿から情報を得た、ということは、できれば伏せたかった。
 果たして、廻嶽は苦々しそうな表情で口を開いた。

「……最近、幻術師が行方不明になる事案が多発している。ここはその一つだ。わかったらさっさと帰れ」
「……物騒だな、周辺に注意喚起とかしねえのか」
「まだ期間が浅いため、拉致などの事件なのか、自発的な集団失踪なのか区別がつかん。……後者の可能性は低いだろうがな、万が一そちらならいたずらに周辺住民を怯えさせるわけにもいかん。ある程度捜査を進めたら勧告はする予定だ、自分が邪魔ということがわかったか?」

 これ以上話しても廻嶽の神経を逆撫でるだけか、と判断した蓮祇は、黙って踵を返す。正規ルートから幻術師失踪の情報を得られただけでもよしとしよう。
 背中を向けた蓮祇に、追い討ちのように言葉が投げられる。

「いいか、もうここに近づくな。幻岳奏団でもないくせにいちいち厄介事に首を突っ込むんじゃない」

「……一応、フリーとはいえ幻術師の仕事はそれなりにあるもんでな。そういう仕事を拾って、ある程度は厄介事に首をつっこまんと、飯が食えなくなる」
「飯の心配をするなら幻岳奏団の方が効率良く収入も入るだろう、わざわざフリーを選んでいる奴が何を言う」
「ああ? 勧誘でもしてくれてるのか?」

 皮肉気な蓮祇の台詞に、廻嶽は非常に鬱陶しいような忌々しいような、そんな表情を浮かべる。だが、その皮肉に対する返答の声は、あくまでも感情を押し殺したものだった。

「……私情を挟まない見解としては、おまえの幻術の能力は相当高く、俺よりも幻岳奏団の一員として役に立つことだろう、と認識している」

 ──まったく、と蓮祇は内心で感嘆する。ここで即座に感情的な言い返しをすることはなく、まず公正な意見を述べるのが生真面目な性格の廻嶽らしい。だが、ここで会話を打ち切ると褒めさせるだけ褒めさせたようで居心地が悪いので、蓮祇は先を促した。

「それで、本音のところは」
「おまえと同じ職場なのはごめんだ」

 間髪いれず答えた廻嶽の言葉を、ま、そうだろうな、と蓮祇は甘受する。こちらだって気まずいことこの上ない。

「だったらいちいち幻岳奏団に入れば、なんて話はしなくてもいいだろう。お互い不利益しか被らないんだからな」
「……収入が増えるという点では、おまえは不利益ではないと思うがな」
「俺一人が生活する分には、今の実入りで十分足りてる」

 言ってから、ああそういえば当面はもう一人分もか、と思い当たって憂鬱になったが、それを廻嶽に言うことはなかった。話が余計こじれるのがわかっていたからだ。
 なにせ、廻嶽が仄めかしているのは、そういうことだ。この会話も今までに何度か繰り返している、お互いに相手が何を言いたいのか、何を避けたいのかは洞察済みだ。
 それでもこうやってまた同じやりとりをするのは、どちらの諦めが悪いからだろうか。
 そろそろ打ち切り時か、と蓮祇は詰めの台詞を口にする。

「おまえだって、硝子をわざわざ危険に晒したくないだろう」

 双角硝子。七姿も含めた旧友同士の四人の中での紅一点。そして、蓮祇と廻嶽が不仲である理由の主たる原因。
 果たして、廻嶽の表情が一段と険しいものになった。だが、努めて平静に、廻嶽は言葉を返す。

「ならおまえがこの街に居を構えたのは何故だ。危険に晒してもいいと思ったからか、それとも危険はないと踏んだからか。──もしくは、どっちつかずのまま、ただ未練を捨てきれなかっただけか」

 一呼吸、蓮祇は黙らざるを得なかった。微かながらも、痛い所を突かれた、という狼狽が確かにあった──詰めどころか隙を晒したようだ。
 しかし、その動揺は隠して、用意してある答えで切り返す。

「幻術師をフリーでやる以上、それなりに稼ぎがありそうな場所でないと自活ができない。で、この街に居を構えたらたまたまかち合った、それだけだ。引っ越すのにも金がかかるし、手続きなども新しくやるには苦労しそうだから当分移住する予定はない」
「……戯れ言を」

 苛立たしそうに廻嶽は吐き捨てる。蓮祇は肩をすくめて、話はこれで終わりと最後の言葉を突きつけた。

「戯れ言だろうがそれが理由だ。じゃあな」

 それ以上何も言わず、廻嶽に背を向ける。腐れ外道が、という言葉が聞こえてきたが、どうせ彼には言われ慣れている、呼び止める言葉でもないようだったのでそのままその場を後にした。
 対する廻嶽は立ち尽くしたまま、遠ざかる彼の背中を睨みつけていた。
 あの日と同じように。

 蓮祇の姿が見えなくなって数十秒後、やっと廻嶽も踵を返した。そのまま憤然と歩いていたが、不意に呼び止められて振り向く。

「先輩」

 駆け寄って来たのは、彼より二つ三つ若い、最近幻岳奏団で同じ班となった男だった。若森縁治(わかもり えんじ)といった名だったと記憶している。

「若森……向こうの方の捜査は終わったのか?」
「はい。残念ながら何も……先輩の方はどうでしたか?」
「こちらも特に収穫らしい収穫はなかったな。……邪魔が入ったのもあるが」
「邪魔……って、さっき話してた人ですか?」
「……聞いていたのか」

 先輩の不興を買ったと察したのか、慌てた様子で若森は手を振る。

「聞いてないです聞いてないです! チラ見してただけでそんなに聞こえてないです!」
「ということはある程度聞こえていたんだな。どのあたりだ」
「えーっと、先輩が『何故おまえがここにいる』って仰ってたあたりからですかね」
「ほぼ全部だろうが!!」

 思わず声を荒げた廻嶽に、ひぃ、と若森は情けない声を上げた。

「すみません聞くつもりはなかったんですけど、なんだか不穏そうでしたし間に割って入りにくかったんですわかってください! 出ていくタイミングが皆無だったんですって!」
「…………………………まあ、」

 未だ腹立たしさがおさまらないものの、廻嶽はそれをしずめようとゆっくりと息を吐いた。どうせ聞いてしまったものは戻らない。

「今回はいい……次に盗み聞きなんて粗相をしたらそれなりの覚悟はしてもらうぞ」
「はい、すみませんでした!」
「……一応訊いておくが、盗み聞きに夢中で捜査がおろそかになったということはないだろうな」
「そ、そんなことないですよぉ! 捜査はばっちりしました、少なくとも幻術魔術武術の類いが使われた様子はありません」
「出任せで言ってはいないだろうな……」
「本気です! 信じてください!!」

 最早ほぼ涙目になっている若森を一瞥して、そうか、と廻嶽は追及を打ち止めた。流石に追い詰めすぎるのも良くないだろう。

「なら、戻るぞ。報告書も提出せねばならん」
「はい。……あの、」
「なんだ」
「さっき話してた人、古い知り合いの方なんですか? 小学校が同じだったとか」

 こちらが追及をやめたのにそっちは余計なことを詮索してくるか、と廻嶽は一度しずまった苛立ちがまた募り始めるのを自覚する。
 だが、無言のまま帰路につくのも気まずいだろうと判断し、不本意ではあるが話を進めることにした。

「……高校の頃の知り合いだ。小学校からの腐れ縁などと考えたらぞっとするな──まあ、あいつの事情を鑑みればどのみちそれはあり得ないか」

 後半はほぼ独り言だったのだが、耳聡く聞き付けた若森が反応する。

「事情……って、なにかあったんですか?」

 一瞬、廻嶽は言うべきか迷った。プライバシーに関わりやしないか、と少し気になったからだ。だが、当たり障りのない範囲、自分を頼らずとも軽く調査すれば行き着くだろう事実程度に留められるか、と判断し、続きを口にした。

「……神隠し、だ」
「神隠し……?」

 その非現実的な単語に、若森は目を丸くする。

「小学校高学年から高校入学前まで、奴は行方不明になっている。行方不明前とその後では全く違う性格になっていたそうだ。因みに何故行方不明になったか、姿を消していたか間どうしていたかは判然としない、故に神隠しにあった、などと言われている。奴自身、当時のことを訊いても『覚えていない』としか言わんしな」
「……そうなんですか……」

 しみじみと考え込む若森に、廻嶽は一つため息をついた。神隠しなどと仰々しい単語を使ったのが間違いだったかもしれない、神秘的な謎溢れる事件とでも勘違いしているのだろうか。たまに幻岳奏団にも一人二人いる、探偵小説のような冒険活劇を夢見る輩が。若森もその傾向があるのだろうか、なんにせよ話はここで終わらせるべきだな、と廻嶽は決めた。
 現実の事件はそんなに輝かしいものではなく、大概は陰惨なものだ。
 蓮祇の『神隠し』の事件の真相も。

「まあ、身代金の要求があったでもなし、本人も失踪時の記憶以外は五体満足に戻っている。帰還後しばらくしてもそれ以上の異変はなかったから事件としては終わったものと考えていいだろう。……そろそろ無駄話はやめるぞ、何の足しにもならない……っと」

 ポケットに入れていた携帯電話が振動しているのに気づき、廻嶽は携帯を取り出す。メールではなく電話の着信であることを確認した後、通話ボタンを押して電話に出た。数回頷いてから、通話終了ボタンを押して内容を若森に告げる。

「上から連絡が入った。三日後、青蔭海璃が来る時に、女王陛下が近場にホテルを取って見物されるそうだ。その近辺の警備を俺たちが担当することになったらしい」
「え、女王陛下のお近くで警備ですか!? すごいじゃないですか!!」
「近辺とは言ってもホテル周辺の区域の担当だ。お側に控えての警護じゃない、舞い上がるな。そういう仕事は直属のボディガードがやるだろうからな。……それに」

 目を輝かせる若森とは裏腹に、廻嶽は眉間の皺を深くして一言付け加える。

「……その時、女王陛下暗殺を目論む連中も来るそうだ」

 若森の笑顔が、一瞬で固まった。
 数秒後、

「え゙え゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙っっっ!?」

 すっとんきょうな叫びが、のどかな昼下がりの空気を切り裂くこととなった。

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