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「そんじゃま、仕事の話をするか。……なんの情報が目当てだ?」
「……今日、うちに来た客に、伯作社絡みの仕事を依頼されてな」

 す、と蓮祇の目が鋭くなる。

「奴等、言うに事欠いて女王暗殺と吹聴してるらしい。あいつらも一度は潰れた身だ、何故そんな弱小結社が、それほどの誇大妄想を口にできる? 後ろになんらかの大きな力が無いと、そんな事はほぼ不可能なはずだ」
「その後ろの力って奴にまつわりそうな話はないか、ってか。まあ、だいたいの噂は聞いてるから、話してやってもいいが……」

 七姿の視線が一旦霞凪に流れ、すぐに蓮祇に戻った。その顔は、いいのか、と蓮祇に訊いていた。

「……霞凪」
「はい?」
「ちょっと外に出てろ」
「え!?」

 突然の退出命令に、霞凪は唖然とする。

「情報、聞かせてもらえないんですかっ!?」
「当たり障りのない範囲なら後で聞かせてやる。つーかおまえは依頼受けた時からいろいろ聞きすぎなんだよ自重しろ」

 霞凪はもう少しくいさがってみるべきかと思ったが、流石に今回ばかりは蓮祇も許可を出しそうにない。仕方なく、七姿に一礼してから、玄関を出た。
 ドアがバタン、と閉まるのを確認した後、七姿がニヤリと笑う。

「やっぱ今回の対価も情報交換か」
「まあな。フリーの幻術師だから、おまえみたいに裕福じゃねえんだよ」

 この詐欺師から情報を得る為に渡す対価は基本二種類で、受け取る情報に相応する金を出すか、それとも受けとる情報のレベルと同等の情報を渡すか、になる。そして蓮祇が対価として使うのは、大抵の場合後者だった。

「金払いなら話は別だろうが、うっかりおまえが裏世界にいたような話、あの嬢ちゃんに知らせるわけにもいかねえもんな」
「……おい」
「だーいじょーぶだよ、この家盗聴器対策とか万全だし。じゃなきゃ七姿の名前を連呼した時点でおまえを消しにかかってるよ」

 へらへらした笑顔でさらりと恐ろしいことを言われつつ、そうだな、と蓮祇も軽く頷いた。
『七姿白鷺』も、世界の暗部と言えば暗部だ――敵を潰すためなら、正道邪道あらゆる手を使って叩き潰す詐欺師。霞凪はまだ知らないが、この世界においてその名は『正体不明の怪人』として都市伝説のように語られている。七姿は、双角と廻嶽には正体を明かしていない、とまるで知人で知らないのはその二人程度、のように言ったが、そもそも『七姿白鷺』としての彼と面識のある蓮祇の方が、極々少数派なのだ。
 そんな七姿と対等に言葉を交わしていることが、蓮祇の経歴を匂わせることにもなりかねないので、霞凪を外へ出した。今はまだ、蓮祇の旧友程度にしか思っていないだろうが、この先他の人間から『七姿白鷺』の受けている評価を聞かないとも言い切れないからだ。
 そして、情報の交換が始まる。基本的に対価となる料金や情報は前払いで、蓮祇は自分の知り得る裏情報を、二、三上げていった。淡々と言葉を連ねた蓮祇に、七姿が呆れたような、感心したような声を上げる。

「なんつーか、ほんとおまえって只者じゃないよな、知ってるけど。普通の一幻術師じゃあそこまでの暗ーいあれこれにゃ関わらねえぜ」

そんな七姿に、今度は蓮祇が釘を刺した。

「わかってるな、『七姿』。もし口を滑らせたら……」
「わかってる、わかってるって。おまえがその名前を人前で使わない限り、俺もその事については誰にも何も言わない。今となっては、口を滑らせるとあの坊っちゃんも危険だからな。……何でおまえ、助手なんか持つ気になったんだ?昔からあれだけ人を遠ざけていたおまえが」
「……成り行きだ」

 不貞腐れた顔で答える蓮祇に、くつくつと七姿が笑う。

「どうせ双角に頼まれたんだろ」

 図星。
 鋭い七姿の指摘に、蓮祇はそっぽを向いた。

「おまえも変わってないよな……未だに双角の頼みは断れねーんだろ?」
「……さあな」

 蓮祇の目が、少し憂いを深める。

「俺よりも廻嶽の方が、断る頼みの数は少ないんじゃないか」
「……かな」

 七姿は少し困ったような笑みを浮かべたが、すぐに一転して真剣な顔になった。

「また話が逸れたが……提供してもらった情報への対価を払おうか。どうやら最近、伯作社には新しい人材が入ったらしい」
「新しい人材?」
「ああ。しかも短期間であっさりとトップとほぼ同列の座まで登り詰めたんだとよ。弱小組織とはいえ、結構有力な人間だろうことは察しがつく――もしくは、その人間が伯作社を操ってるって考えてもいいかもな。それに、これはまだ確かじゃないが……よく聞いとけ」

 七姿はすっと息を吸い、ゆっくりとその言葉を口にする。

「近頃幻術師が、二、三日に一人の割合で消えてるって話だ」
「……消えてる、だと?」
「ああ。影も形も無し、歩いてる途中で神隠しにでもあったかのように、綺麗さっぱりな」
「神隠し……」

 少し考え込んで、蓮祇はぼそりと呟いた。

「そういえば、あいつもある意味神隠しにあったと言えるかもしれないな……」
「……あいつ?」
「ああ。……さっきの悪ガキ」
「あの嬢ちゃんが? なんでまた」

 それには答えず、蓮祇は七姿に問い返す。

「七姿。ここ最近で、何か化け物みたいな奴の目撃情報とかないか?」
「……おまえ、よく知ってたな」

 七姿は唖然として、まあ一応あるにはあるが、と答えた。

「かなり少ないし、神隠しよりも現実離れしてるもんで、正直俺も素通りしてたくらいの奴だが。情報というより噂話、最近できた都市伝説程度に取ってたな」
「……じゃないかもな。詳しい内容は? ただ現れるだけか」
「いや、なんでも人が喰われるとかなんとか……俺もその目撃者に会ったわけじゃないから、どこまで本当なのかは断定できないが」
「その話が出回り始めたのはいつからだ」
「確か半月前……くらいだったか、そこらへんだったな」
「伯作社に新しい人材が入ったのは?」
「……同じ時期だな。おい二条会」

 まさか、と言いたげな七姿に、蓮祇は頷く。

「その人材ってのは、化け物使い……しかも、人を喰うかもしれない化け物を使ってる奴だ」

 部屋に沈黙が落ちた。時計の秒針だけが、一秒毎に時を刻む音を響かせる。
 最初に口を開いたのは七姿だった。

「人を喰う化け物、なぁ……にわかには信じがたいが。その怪談じみた噂と神隠しを結びつけるのは、早計すぎやしねえか? そういや嬢ちゃんが神隠しだのってのは、どういう意味だ」
「……それこそ、簡単には信じられねえような話だけどな……」

 懐疑的な眼差しを向ける七姿に、一つため息をついて、蓮祇は霞凪が異世界から来たこと、その際謎の怪物に喰われたらしい事を、かいつまんで話す。説明を聞き終えると、七姿は額に片手を当ててその肘を机につき、深く考え込む体勢になった。

「はぁー空間移動する怪物なぁ……おまえの話じゃなけりゃ、俺の嘘探知能力がガタ落ちしたか、話した奴の精神状態を心配してる所だぜ。……つーか、最初にそれを話したのはあの嬢ちゃんだっけか? 一応まともそうに見えたけど、あっちは精神状態大丈夫なの? いくら幻術師でも俺よりは嘘探知能力低いだろうし、話した本人がそうと信じこんでたらあながち嘘でもなくなるから、そうとわかりにくいだろ?」

 幻術師は、脳に干渉することで幻術をかけるが、その際脳波をある程度捕捉することができる。その脳波によって言葉の真偽もわかると言えばわかるが、幻術の熟練度によるとはいえ、実は一般的には嘘発見器よりやや高い程度の正答率だ。霞凪や多くの人間は、ほぼ100%の確率で見分けがつくと思っているだろうが、まあ子供の躾にはちょうどいいので、そこはあえてその認識に訂正を入れないでおいている。双角がわざわざ警察署に直行せずに蓮祇の家に来たのも、本当に言動の真偽を確認しにきたというよりは、未成年だからちょっと脅かせば署で徹底的に取り調べるまでもなく正直に供述するだろう、という彼女なりの配慮だっただろう。
 なので、どんな修練を積んだかは知らないのだが、嘘探知率がほぼ100%に近いという七姿よりは確かに嘘探知の精度は低いとは言える。が、

「話しぶりを聞いてると、夢や幻覚の類いに騙されてるとも思えなくてな……」

 それは、最早勘の領域だ。
 霞凪の話した全てが彼女自身の強い思い込み、もしくは外部から植えつけられた偽の記憶である、という可能性は、確かになくもないのだ。だが、その可能性を考慮した上で、蓮祇は「信じる」と言ったし、双角もそれ以上追及しなかった。
 だから、蓮祇が霞凪を引き取ることを、渋々とはいえ承諾したのは、その裁定を下したことにより、霞凪になんらかのトラブルが起きた時の責任を取る必要があると感じたからだ――霞凪の話が真実だったにせよ、虚偽だったにせよ。流石に、異世界うんぬんの記憶に関すること以外で、不良狩りに興じるなどの面倒を抱え込んでくるというのは計算外であり、そこは管轄外だと思っているが。
 曖昧な判定だったのは否めないがために、言葉を濁した蓮祇だったが、まあいいか、と七姿はへらりと笑った。

「おまえが信じるっつったんなら、俺もおまえを信じるさ。……しっかし、だとしたら早くその怪物とやらを片付けないとヤバくねえか? 本当にそいつに喰われてんなら、また被害者が出るかもしれんだろうし」
「元を叩くしかないだろうな」

 七姿の問いに、蓮祇は即答する。

「そいつを操ってる人間がいるなら、そいつを潰すのが一番手っ取り早いだろう。その後なら、化け物はどうとでもなりそうだしな」
「どうだかな。手綱を失った暴れ馬ってのもなかなか厄介なもんだぜ」

 ……とはいえ、あまり相手がわかってない事にはなんとも言えないけどな、と七姿は肩をすくめた。そのあたりはまだ情報が足りないと自覚しているのだろう。

「で、具体的にはどうする? 早速伯作社ごと潰しにでも行くか?」
「……いや、女王暗殺の件もあるし、伯作社自体はしばらく様子見だな。下手に動いて、こっちの依頼人の彼氏とやらが潰されてもかなわねえし。とりあえずは化け物使いだ、そいつをどうにかすれば、暗殺計画も流れるかもしれないだろうしな」
「りょーかい。そんじゃ、化け物や伯作社に関しての情報で、また何か聞いたら教えてやるよ。当然緊急でもない限り、対価ありだけどな」
「ああ。期待しないで待っとく」
「いやそこは期待しとけよ!! 天下の七姿白鷺様相手に寂しいこと言うんじゃねーよ!!」

 七姿が吠えるのを気に止めずに蓮祇は立ち上がり、「邪魔したな」と家の出口に向かった。


 玄関を出ると、霞凪が暇そうに塀にもたれかかっていた。

「……あ、やっと出て来た。蓮祇さん、遅いっすよ」
「まあ、いろいろと気になる事を聞いてな」

 霞凪の抗議に特に謝罪もせず、蓮祇は帰る道へと足を踏み出した。すぐ後ろに霞凪が続く。

「いろいろ……って、どんな情報があったんですか?」

 好奇心で目を輝かせる霞凪に、蓮祇は答えず、一つの事を考えていた。
 化け物を倒す──それだけならいい。
 問題は、その化け物を完全に倒してしまうと、霞凪が元の世界に還る道もまた閉ざされるかもしれない、という事だ。
 幻術師を喰らう程の相手だ、一筋縄ではいかない。生け捕りなどは考えず、初めから倒す方向でいかないとこちらが危ういだろう。
 だが、霞凪が還る道はどうなる……?
 それに、霞凪は幻術師でもないのに、何故向こうの世界で喰われるような事になったというのだろうか。

「……蓮祇さん、聞いてます?」

 問題の根源から返答の催促をされ、思わず蓮祇はため息をつく。

「……知るか、自分で考えろ」
「え゙!? ちょっ、教えてくれるって言ってたじゃないですか、蓮祇さん!!」
「うるせえ、しばらく黙ってろ」

 人の気も知らないで、ぎゃんぎゃんと騒ぐ問題の根源。
 そんな彼女よりも、蓮祇は最早怪物も異世界もどうでもよくなってきた自分を、なだめる方が先決ではないかと思い始めてきてもいた。

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