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 青年の家に促されて入ってみると、蓮祇の家のようには雑然としておらず、きちんと整理されていた。ふと家の中にある応対用のインターホンが目に入り、霞凪がそれをよくよく見てみると、来訪者を映し出す画面付きのものだった。……この点では、蓮祇よりも賢い。もしかすると、蓮祇が自宅に取りつけるのを面倒に思っているだけなのかもしれないが。
 廊下を歩き、日当たりのいいリビングに通される。そこには、六人から八人が座れるテーブルがあった。独り暮らしのようだが、実は他にも同居人がいるのか、それとも『情報を引き出す』と蓮祇が言っていた事から、何やら情報に関するビジネスをしており、その依頼人が一度に多数来る事があるのか。はたまた全然違う理由があるのかも知れないが、なんか読みにくい人だな──と思いながら、霞凪は蓮祇に続き、テーブルの数ある席に適当に座った。
 蓮祇と霞凪が座った所で、白い髪の青年が口を開く。

「じゃ、とりあえず話を聞こうか……っとその前に」

 長い前髪で覆われていない方、朱色の左目をすっと霞凪に向け、青年は蓮祇に問う。

「誰、その子」

 ……うわ、ヤバい人だ、と彼のたった一言で、霞凪はそう直感した。
 玄関先で、蓮祇とたわいないやりとりを交わしていた時の彼とは違う、どこか身が凍りそうな雰囲気を、青年から感じたからだ。
 別段、彼女が人の微細な気配を感じ取れるほどの技能を持っているわけではない。昔、剣道をやっていた事もあるので多少は常人より上かもしれないが、格別長けているといえば過大評価になるだろう。
 そんな霞凪が何故、青年のまとう雰囲気の変動を察知できたかというと、他でもない、青年が自らの警戒心をはっきりと表していたからだ。
 霞凪を観察するかのような視線には隙がなく、質問の口調こそ軽かったものの、言外に明確な答えを返さなければただでは済まない、という意思を含ませている。
 ──あんまし、敵に回すべきじゃない人、って事か。
 そう理解すると、果たして彼はどういう返事をするのか、と霞凪は蓮祇の返答を待った。

「春宮霞凪……事情あって、一応俺の助手って事になってる」

 まるで青年の警戒心には気づいていないかのように、気圧される事なく蓮祇は答える。ただ、少し口調に苦々しいものを感じたのは、やはり『助手』という言葉に不快なものを覚えたからだろうか。
 いずれにしろ、蓮祇が青年に対して劣勢に立つ事はないらしい、と判断して、少しほっとしながら霞凪は青年に自己紹介した。

「初めまして、春宮霞凪といいます」

 座ったまま軽く礼をした霞凪に、ふーん、と青年は頷くと、ニヤリと笑う。彼の警戒心は緩まったのか、やや緊張感を含んだ空気は薄らいだように感じた。

「二条会に助手ねぇ……生きてりゃ珍しい事もあるもんだ」
「何歳だおまえ」

 蓮祇の野次を無視し、青年は言葉を続ける。

「……って事は、もしかして黒髪長髪の不良キラーって、その子?」
「……まさしくこいつがその悪ガキだ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」

 予想もしなかった話の展開に、霞凪は若干焦りつつ、大人二人へ待ったをかけた。

「蓮祇さん、いつの間にオレが不良をボコってる事を他の人に話したんですか」
「俺がこいつから聞いたんだよ」
「え」

 苦い顔で言った蓮祇の台詞に、霞凪は思考、動作、共々停止する。
 そして、ぎこちない動きで青年へと視線を移した。

「……あのー、どっかでお会いした事って」
「ないよ」

 いとも簡単に、そして面白そうに青年は答える。

「だが、まあ俺の仕事は、情報とか集めるのに向いてるからさ。この間もそうやっていろんな情報集めてたら、そんな噂が耳に入ったってわけ。不良を叩きのめす、黒い髪の『少年』が、最近現れたって話をな。でもって、たまたま仕事の用事で会ってた二条会にその事を話したら、心当たりがあるって言うもんだから」
「しばらく様子見てたら、実際何日も連続でコンビニに出かけてるしな」

 青年の説明に、蓮祇がつけ足す。どうやら今日、来客がある前にその事で問い質されたのは、目の前の青年から来た情報が原因らしい。
 この人さえ何も言わなければ、まだ当分は怒られずに済んだのに、と青年を恨めしく思うと同時に、疫病神だなんだと言ってた割には、そこそこ蓮祇さんと交流はあるんだな、と霞凪はそんな見解を持った。そして、一つ疑問に思う。
 交流があるのはいいのだが、結局彼はどういった人物なのだろうか。

「……ああ、そういえばこっちの自己紹介がまだだったか?」

 疑問を含めた霞凪の視線に気づいたのか、思い出したように青年は自己紹介を始めた。
 ……否、始めようとした。

「俺は、か」
「七姿白鷺(ななし はくろ)」
「って待てェェェ!!」

 蓮祇の横槍に、またしても青年――七姿の叫びが響いた。

「そっち言うなっつったろ!! 見返りもねェのに本名バラすんじゃねェよ!!」
「無い事は無いけどな」

 蓮祇は、親指で軽く霞凪を差した。

「わかってるだろ。こいつ」

 まだ少し苛立った様子が見えるものの、七姿は蓮祇の意図を悟ったように答える。

「……ん、何? 坊っちゃんじゃなくて嬢ちゃんだって事?」

あっさりと正鵠を得た七姿に、霞凪は一瞬呆気にとられ、そして半眼で蓮祇を見た。

「……蓮祇さん。これ、本当にバレないんですか……!?」
「ああ、大丈夫」

 軽く蓮祇は手を横に振り、心配無用との意を示す。

「今日の客も、特におまえに違和感持ってなかっただろ。おまえの格好は通常の奴にはバレない」

 ただし、と蓮祇は付け加えた。

「こいつみたいな職業になると、別かもしれないがな……と言っても、こいつレベルまで行かないと、なかなか疑う所まで行かないかもしれないが」
「お褒めに預り光栄ですねー」

 七姿が半ば茶化して言うが、蓮祇は黙殺する。

「何せ、詐欺師が騙されるわけにはいかねェだろ」
「……詐欺師?」

 思わぬ単語に、目が点になった状態で訊き返した霞凪に、蓮祇は頷いた。

「数百年も前からの名と技を受け継ぐ、悪人を騙す詐欺師、第二十九代目七姿白鷺。それがこいつの肩書きでもあり、本名でもある」

 予想だにしていなかった経歴に、霞凪はぽかんとしてしまった。詐欺師って受け継ぐものなのか、いやそれ以前に職業として成立するのか、などという疑問が、頭の中をぐるぐると巡る。

「……ま、そういう事だよ」

 口止めしても最早無駄と諦めたのか、七姿は蓮祇の言葉を認めた。

「だけど一応、表の方では『香狩京雅(かがり きょうが)』ってなってるから、人前ではそう呼んでくれ。『七姿白鷺』は本名ではあるが、俺にとっては切り札でもあり、致命的なキーワードでもある名前だからな。バラすのは厳禁。無論、俺が詐欺師ってこともな」
「……はい」

 よくわからないながらも、とりあえず霞凪は首肯する。
 だが、一つだけ蓮祇に質問した。

「あの、なんで情報と詐欺師さんが結びつくんですか?」
「こいつは、表の方ではフリーライターなんだよ」

 ……返答が簡単すぎる。
 仕方なく、七姿が補足説明をした。

「表でもそれなりに職を持ってないと怪しいだろ? 普通無職で金は入ってこねーし。で、俺の場合、表の職ではフリーライターをやってる。そうすると、取材って事でいろいろと情報を集められるしな。それをまた利用して、情報屋まがいの仕事もやってるってわけだ」
「……そうなんですか」

 納得した霞凪に頷いて、七姿はちらりと蓮祇を見る。

「二条会は一応、顧客みたいなもんだな。昔のよしみってのもあるが」
「……昔の?」

 目を丸くした霞凪に、不本意だがな、と今度は蓮祇が少し顔をしかめて、説明を言い添えた。

「……高校の時、同級生でしょっちゅうつるんでたんだよ。ついでに言うと、硝子もな」
「え…………」

 補足を聞いてもまだ、いや更に霞凪の驚愕には拍車がかかる。警察とフリーの幻術師はともかく、なぜ詐欺師がそこに加わって友人同士のつきあいをしているのだろうか。そんな困惑を読み取ったのか、まあ双角には俺の本来の職業は伏せてるけどな、と七姿は苦笑した。

「基本的にはカタギは騙さねえのがうちの流儀なんだが、しゃーなしの最低限、ってとこだ。警察の双角や幻岳奏団の廻嶽(かいがく)には、表の職であるフリーライターってことで話を通してる――100%嘘ってわけでもないしな」
「……廻嶽ってのは知り合いの一人な」

 不承不承といった表情で説明を入れた蓮祇に対し、七姿は面白そうに唇の両端を吊り上げながら、言葉をつづける。

「そーそ、高校時代には俺と二条会と双角と廻嶽って奴とでしょっちゅう遊んでてさー。いやー楽しかったな廻嶽と二条会の喧嘩を双角が仲裁もどきの両成敗してる所を傍観してたのは」
「俺は楽しくなかった」
「まあ三角関係なんざ傍目から見てるのが一番面白、痛ってえ!」

 ――七姿の語尾がおかしくなったのは、蓮祇に頭を殴打されたことに起因する。
 学生時代の浅からぬ因果関係を耳にし、あーそれで蓮祇さんと双角さんってなんとなく仲良かったんだー……、と薄々勘づいたものの、何だかそれ以上聞くのも不憫な気がしたので、霞凪は今は特に追及しないと決めた。聞かなかったことにしよう。

「……話がそれてるだろ。元に戻せ」
「そんな怒らなくても、どうせおまえんとこにいたら廻嶽ともエンカウントするだろうよ……」

 地獄の底から響くような蓮祇の声音をものともせず、頭ををさすってぼやいた七姿だったが、本筋から逸脱しているのは自覚したのか、真面目な口調に戻って会話を再開した。

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