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女性から依頼を受けてから数十分後、蓮祇は街中を歩いていた。
──それにしても、『伯作社』、か……
よもや、こんな事件に関わって来ようとは思わなかった。いや、組織そのものが再び機能していようとすら考えていなかっのだ。
そんな蓮祇の考えを、まるで幻術師が読みとったかの如く、横から声が聞こえてきた。
「蓮祇さん、『伯作社』ってそんなにヤバい連中なんですか?」
「……………………」
蓮祇の渋面が深くなる。
そう、蓮祇の苛立ちの矛先は、実の所伯作社に対してというよりも、この人間に対してだった。
「蓮祇さん、聞いてます?」
……聞く気がしない。むしろ声の発信源ごと消えてほしい、と心底思う。
しかし、どうにかしないとこの悩みの種はいつまで経っても消え去らないだろう。仕方なく蓮祇は、悩みの種……春宮霞凪の方を向いて、一句一句区切るように、言葉を発した。
「……なんで、おまえが、ついて来てるんだ?」
突然の質問に霞凪は、え、と目を丸くする。
「もうちょい詳しい情報集めるって蓮祇さんが言うんで、助手としてはついてった方がいいかなー、と」
「……誰がついて来てくれって言った? というか誰がおまえを助手にした」
「誰がっていうか、あのお客さんにも助手だって言っちゃいましたし、このくらいやっとかないと不自然じゃないですか」
「……俺は当分家から出るな、と言ったはずだが?」
「まあそこらへんはスルーで」
何処までもさらりと不遜な事を言う霞凪だった。
「出来るか!! 面倒事持ってきてる上に、仕事にまでいちいち首突っ込んできてんじゃねェよ! だいたい今回は暴力団絡みで、」
「あっその事なんですがね蓮祇さん」
平然とした顔で蓮祇の台詞を遮り、霞凪は至極簡単に爆弾発言を口にする。
「昨日ぶっ飛ばした不良連中の中に、『親父が伯作社の幹部だ』ってほざく奴がいましてね。わけがわからなかったんで、とりあえずそのままぶっ飛ばしといたんですけど」
「……………はっ?」
あまりにあっさりと言われ、思わず蓮祇は訊き返してしまった。
「ですから、昨日ぶっ飛ばした不」
「もういいこれ以上聞かせるなそして厄介事を持ち込むな!! おまえはあれか、疫病神か!?」
「で、蓮祇さん、『伯作社』ってどんな連中なんですか?」
「俺の話を流すな!! ……わかった、話してやる。その代わり、家に帰ったら今度こそ当分家から出るな。いいか、あいつらに一度目をつけられたら面倒だからな。一週間くらいは家にこもると思っとけ」
「わかりましたよ」
家で外出厳禁をくらった時とは裏腹に、霞凪は不満な様子もなく、簡単に頷く。その軽い行動を蓮祇は一瞬不信に思ったものの、それ以上訊く事はせずにそのまま『伯作社』についての説明を始めた。
「伯作社ってのは、今回のケースみたいに金の取り立てなどを主に仕事とする、チンピラ上がりの暴力団だ。チンピラ上がりだもんで、暴力団にしては喧嘩が弱いが、しつこさについては天下一品だ。兎にも角にも鬱陶しい事この上なしって連中だな」
「道路歩いてたらたまたま靴にひっつきやがったガムみたいな奴らなんすね」
「……まあ、そうだな」
霞凪の例え方がどことなくリアルで、蓮祇はなんともいえない表情になる。
一方、霞凪は蓮祇の説明で、とりあえず得心がいったと感じた。
「蓮祇さんはそのしつこさで、痛い目見た事があったんですね……」
「……いや、俺はそんな事はなかったが?」
当の蓮祇は怪訝な顔で、霞凪もあてが外れて「あれ、そうなんですか?」ときょとんとする。そのあたりかと見当をつけたのだが、早合点だっただろうか。
「あのお客さんが伯作社の事話してた時、蓮祇さん、ちらっと嫌そうな顔したんで、そうかと思ったんですけど」
直接問いを投げると、心当たりを思い返していたのか、数秒黙りこんでから、ああ、と蓮祇は納得して頷いた。
「一つ、腑に落ちない点があったからな……」
「……腑に落ちない点、ですか?」
「まあな。伯作社は、さっきも言ったように暴力団としては格下の方だ。だから、普通は女王暗殺なんて考えつかない」
その台詞に、霞凪ははて? と首をかしげる。何故なら、自分の考える論理とは全く違う方程式だったからだ。
「……格下だからこそ、女王を暗殺して周りに認めてもらおうとか思ったんじゃないですか?」
「いや、そこらへんの一般人ならともかく、相手は女王だぞ? 当然、警備は固い。のこのこ暗殺しに行っても、返り討ちにされる可能性の方がでかいだろう。それに女王陛下を殺した時点で、周りから認められるも認められないもなくなってくるしな。そもそもあんな弱小結社、そんなリスクの高い事はやりたくなはずだ。だが……」
蓮祇は、また少し考えこんだ。
「……そうだな、あるとしたら次の二つだ。一、ごく最近に強力な助っ人が入って、しかも女王を殺す理由ができた。二、死に花咲かせる為に、敢えて無謀な計画を立てた」
二つと言いながら、蓮祇が自分でも二つ目の仮説を信じていない事は、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの口調から読み取れた。
「……だが、どっちにしろ伯作社は数年前に壊滅したはずだ。何故、今更になって再び活動を再開し、よりにもよって女王暗殺に気炎をあげる……?」
蓮祇の独り言のような疑問のある一言が気になり、霞凪は何度目かの質問をする。
「伯作社、一回壊滅したんですか?」
まあな、と答えた蓮祇の声は、気のないものだった。
「ライバルの暴力団が雇った殺し屋によって一人残らず潰されたらしい。伯作社のアジトは、なかなか凄惨な現場になったそうだ」
何の感情も交えずに話す蓮祇を、霞凪は奇妙な気分で見上げた。今の蓮祇の顔は、無表情と称するにも、あまりにも表情というものが欠落していたからだ。
そういうわけだから、と蓮祇はどういうわけかも言わず、まとめにかかる。
「あんましこういう事に首を突っ込んでくるな。いろいろと面倒な世界だからな。今日は家に帰っておとなしくしてろ。というかこれから一週間、さっきの公約通りおとなしくしてろ、目ェつけられたら面倒だしな」
「伯作社の息子だっていう不良の事なら大丈夫ですよ」
霞凪は肩をすくめる。
「あの話、ハッタリですから」
「………………何?」
いきなり明かされた罠に、対して言われた方の蓮祇はというと、その言葉の意味に頭がついて行けず、それが体にまで連鎖して思わず立ち止まってしまった。その衝撃は、『ハッタリ』の意味を脳内で再確認してしまった程だ。
対する霞凪は、悪びれる風もなくさばさばと言い放った。
「ああ言っといた方が、蓮祇さんさくさく話してくれるかなー、と思ったもんで。おかげ様でだいたい伯作社についてはわかりました、ご教授ありがとうございます」
笑顔で平然と礼を述べた霞凪に、最早蓮祇は怒鳴る事も出来ず、それはそれは深いため息をついた。脱力感や倦怠感などといった、自らの動きを封じる負のオーラが、自分の周りを取り巻いているのを感じる。
……道理ですんなりと外出禁止を承諾したわけだ。最初からそんな出来事は、なかったのだから。
「……頼むから邪魔だけはするな。そして騒ぎを引き起こすな。自分の身は自分で守れ」
それだけ言うと、今度こそ蓮祇は意識から霞凪の声をシャットアウトし、再び歩き始めた。
無性に疲れていた。
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