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 霞凪がポットと紅茶のティーバッグ、そして二人分のティーカップを盆に乗せて応接間に行くと、すでに蓮祇と客との話し合いは始まっていた。

「……で、その最近様子がおかしかった恋人を問い質した所、やっと口を開いたと」
「……はい。なかなか話してくれませんでしたけど、一昨日になってようやく……事情が事情なので、警察や幻岳奏団には行けなかったんです。どうしたものかと悩んだ所、こちらの噂を聞いたもので……」

 客は、声から察した通り二十代前半の女性だった。実際に姿を見てみると、おとなしそうな雰囲気をまとわせている。霞凪は彼女と蓮祇の前にティーカップを置き、それぞれのカップにポットから紅茶を注いだ。

「あの、こちらの方は……」

 突然現れた霞凪を目にして、戸惑いがちに女性が蓮祇に質問した。

「ああ、ただの居そうろ」
「二条会蓮祇の助手の、春宮霞凪です」

 蓮祇の言葉をさえぎり、霞凪はにっこりと笑って軽く礼をした。背後で蓮祇が唖然としているのをなんとなく感じたが、鮮やかにやり過ごす。

「ああ、助手の方だったんですか。……あの、これから話す事は……」
「勿論口外致しません。ご安心下さい」

 完璧な程の営業スマイルを浮かべ、霞凪は蓮祇の隣に座った。蓮祇が苛立った視線を送って来るが、気にしないことにしておく。

「……では、その事情というものをお話ししますが……」

 そう言いながら女性は、どう言えばいいのか考えあぐねているようだった。数秒の後、やっと言葉を口にする。

「実は、彼が……女王陛下の暗殺計画に、加担させられている……みたいなんです」
「………………っ」

 女王陛下の暗殺ゥ!? と頓狂な声を上げかけたのを、なんとかおしとどめる。果たしてどう思っただろうと隣の蓮祇をちらりと窺って見ると、僅かに目を見開いているようで、やはり彼も驚愕するような内容ではあったらしい。この世界に来て日が浅い霞凪にでも、その事の重大さは推して測れるものであったし、ましてや現地人たる蓮祇にとっては余程切迫した事態だろう。
 だが、その表情の変化を読みとれたのも少しの間だけで、再び口を開いた蓮祇の口調は平静そのものだった。

「させられている……という事は、その方の意思ではない、と?」
「はい。彼……名を広瀬(ひろせ)というんですが、広瀬さんはその暗殺計画の首謀者に騙されて、多額の借金を抱え込むことになり、その借金を帳消しにする代わりに今回の仕事を手伝えと……それが、陛下の暗殺だったんです」

 部屋に、沈黙が降りる。全員が、それぞれの心情を噛みしめていた。
 最初に沈黙を破ったのは、蓮祇だった。

「なるほど、それだけの大事なら、確かに警察や幻岳奏団の連中に話したら大騒ぎする可能性があるからな……身内を握られてるから尚更おおっぴらに動くわけにもいかないし。……一応お訊きしますが、その広瀬というあなたの恋人は、まだ法に触れるような事はしていないですね?」
「はい、勿論です」

 女性は小さく、しかしはっきりと頷く。彼女が恋人の無実を信じているのは、火を見るより明らかだった。

「なら、できる限りなんとかしましょう。……今、持ち得る情報としてはあとどんなものがありますか」
「最低限なら、広瀬さんから聞いています。雑用として使われる予定なので、あまり深くまでは知らされていませんが……」

 そう前置きして彼女が語ったのは、計画決行の日時、場所、そしていくつかの武器の種類だった。だが直接的な犯行手口については、知らされてはいないという。雑用を犯行のメインに組みこむ余地はないのか、それとも脅して使っているから信用できないのか。もしくはその両方という可能性もある。

「最後に、その犯人グループの名前ですが……伯作社という会社だと聞いています。表向きは中小企業の皮を被っているようですが、実態は暴力団だとか」

 その会社の名前に、蓮祇の眉が微かにはね上がる。隣で黙って事の経過を見ていた霞凪は、彼の動作に、ん?と訝しげに思ったものの、とりたてて口には出さなかった。

「……それは、確かなんですね」

 蓮祇の確認に、女性は首肯する。

「間違いありません。広瀬さん宛の請求書に、そう名前がありましたから」

 ゆっくりと、だがはっきりと告げられたその回答に、蓮祇は刹那、忌々しそうに瞑目した。が、すぐに元の表情に戻って一言、女性に伝えた。

「わかりました、ではこの仕事、引き受けましょう」

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