X.



 夜の街は、まだひと気と熱気に溢れていた。
 道の脇の、ガス灯を模した街灯が、メトロな雰囲気をかもしだしている。石畳を歩く人々は、皆それぞれに会話したり、笑いあったりしていた。
 結局は、元の世界とあまり変わらないのだ。景観や能力がやや違うだけで。そんな光景が、霞凪をややほっとさせた。
 昼間覚えた記憶が正しければ、コンビニまではそれほど時間はかからないはずだ。のんびりと異世界の街をそぞろ歩く。
 肝試しで、一緒だった小学生たちは無事だったのだろうか。親元に戻れていればいいのだが。自分が消えたことで、今頃大騒ぎになっているのだろうか。
 あの世界に、戻ることは、あるのだろうか。
 ――ふっ、と短く息を吐き、頭を切り替える。現在どうにもならないことは、悩んでも仕方ない。今のところはまだ、これといった問題は起きていないし、元の世界の心配をしたところで、なにがどうなるわけでもない。どうせなら、この世界を楽しんだ方がいい。そう、楽しみを。
 ニヤリ、と霞凪の口元が、吊り上がる。
 目的地の、コンビニ。敷地はわりと広く、駐車場が完備されている。その駐車場の片隅に、三人の少年の姿があった。そのうち二人は立っており、一人は鞄を抱えて地面にうずくまっていた。

「だぁから、とっとと金出せっつってんだろ! こっちは時間がねぇんだよ!!」

 聞こえてきた怒声に、霞凪は目を眇める。どうやら、不良によるカツアゲ、という実にわかりやすい状況のようだ。立っている少年の一人が、うずくまっている方を蹴り飛ばした。蹴られた少年は、ぼそぼそと何か言ったようだが、間髪入れず再び蹴りを入れられる。

「てめーごときが口応えしてんじゃねえよ。あるもんさっさと出したら、おまえもすぐに帰れるし、俺らも手持ちが増えて好きなもん買える。お互いハッピーだろうが」

 その不良によるあからさまに破綻した論理に、被害者だろう少年は何も答えなかったが、依然として鞄を離す様子はなかった。金品を渡す気はないが、どうしようもできないというのが現状だろう。どのみち、このままいたぶられ続けたら、少年の体力が尽きるのが先に違いない。
 そんな光景を目にしておきながら、霞凪の笑みは依然として変わらなかった。いや、より楽しそうになったといっても過言ではないだろう。そんな自分の表情を、霞凪は自覚していた。

 ――そう、これは正義感などという綺麗なものじゃない。結局は、自分も一緒。あの、カツアゲを続ける不良たちと。

 ざり、と砂利を踏みしめて、三人の少年たちに近づく。人影が自分たちの方に向かってきたのに気付いたのか、不良たちが警戒気味にカツアゲを中断し、こちらに数歩踏み出した。彼らの視線を受けて、霞凪は笑んだまま、口を開いた。

「よォ、おまえら何やってんの?」

 気軽な口調でかけられた台詞が、自分たちを非難するものではなかったので、不良たちの緊張感はいくらかやわらいだ。だが、剣呑な目つきはそのまま、不良の一人が言葉を返す。

「なにって見りゃわかんだろ、集金だよ集金。なんだよてめえ、おこぼれ狙いか? 言っとくけどこいつは俺らの獲物だからな」
「ほぉん、シューキンねえ……楽しいからオレも混ーざろっと」
「おい、渡さねえっつってんだろ? 耳聞こえてねえのかよ」

 苛立ちと侮蔑の混じった不良たちの言葉を聞き流して、霞凪は彼らを通り過ぎた。うずくまった少年の傍らで足を止め、くるりと振り向いて不良たちに宣言する。

「誰がこいつから金巻き上げるっつったよ? オレがそのシューキンとやらを実行したいのは――てめえらだよ、盆暗ども」

 突然の通達に、少年たちは被害者の少年も含め、呆気にとられた顔になったが、すぐに不良たちはそれが挑発の言葉と理解して、臨戦態勢を取った。

「はっ、頭わいたこと抜かしてんじゃねえよ。てめえからもいくらかもらってやるわ」
「正義の味方ごっことか、単なるイタい奴だっての」
「正義の味方なぁ……そういうのが一番、オレには似合わねえんだけ、どっ!!」

 言いながら、霞凪は軽く後ろにとびすさる。迫っていた不良たちの拳は、両方とも空振りした。

「脇ガラ空き」

 小さく言って、霞凪は片方の不良の横に回り込んだ。その勢いを利用して、みぞおちに思い切りボディーブローを叩き込む。

「ぐあぁっ!!」

 呻きながら前のめりに崩れ落ちようとするその不良の背中に、霞凪は更にかかと落としを見舞った。彼女のかかとは綺麗に入り、不良は地面に倒れて動けなくなった。

「……のやろォッ!!」

 相棒の無惨な姿に、残った不良が額に青筋を立てて再び殴りかかってくる。だが、はん、と鼻で笑うと、霞凪は左に一歩ずれて避けた。

「ワンパターンかよ、アホめ」

 呆れ気味に呟き、そのまま体を沈めて右足を伸ばし、足払いをかける。不良は見事に霞凪の右足につまずき、どさりと転倒した。すぐに起き上がろうとしたが、それよりも素早く霞凪が立ち上がり、彼の胸部に体重の8割をかけて、ぐり、と思いきり踏みつける。ごほっ、と不良の口から肺に残っていただろう息が漏れた。それでも彼は、両手を地面に突き、なんとか霞凪ごと体を起こそうと奮闘する。その勢いに流石によろけそうだと判断した霞凪は、

「無駄あがきしてんじゃねえ、よ!」

 胸部にかけていた片足を離し、そのまま不良のこめかみを容赦なく蹴り飛ばした。

「ぐ……っあぁ……っ!!」

 痛みで地面をのたうち回る不良を見下ろし、霞凪は冷笑する。

「散々吠えてた割にはこの程度、って感じだよなぁ……さて、と」

 再び、霞凪は同じ不良に足をかけた。
 ただし、今度は腹部ではなく、頭に。
 そして、先に倒した不良をふりむき、一層獰悪な笑顔を浮かべる。

「お待ちかねのシューキンタイムと行こう。そこの盆暗一号、財布を出せ。出さないとこの盆暗二号の頭がパキパキつぶれちゃうぜー」
「な……っ、この……クソ野郎が!!」

 怒号を放ったものの、霞凪に敵うとはやはり思えなかったらしい。不承不承といった体ではあったものの、財布を要求された不良はポケットからそれを取り出し、霞凪に投げて寄越した。飛んできた財布をうまくキャッチして、霞凪は検分を始める。

「おーおーいい財布持ってんじゃん。ブランドもん? 貧乏学生にたかるよりも、この財布売った方が儲かるんじゃねえの? うっわ、万札も結構あるな。何これ全部シューキンの成果? ……で、」

 一呼吸置いて、駐車場の隅で呆然と事の成り行きを見ていた被害者の少年を、親指で軽く指差す。

「あいつからは、いくら盗ったわけ?」
「……とる前にてめえが邪魔しに来たんだよ」

 ふてくされ気味に答える不良。ということは、少なくともここでの件に関しては、被害はまだ出ていなかったらしい。本当に何も盗られてないだろうな、と念のために少年に確認を取ってみたが、彼もこくりと首を縦に振った。
 その様子を見て、あっさりと霞凪は財布に興味をなくす。

「ふぅん、じゃあどうでもいいや。オレ自分の牛乳買う金は持ってるし」

 一度、二度と軽く空中に放り投げてから、人がいないことを確認してコンビニとは反対の方向にぶん、と思い切り投げた。「あっ」と声を上げて、財布の持ち主の不良がそちらに駆け出そうとする。その彼の肩を、霞凪はがしりとつかんだ。

「帰るんなら、こいつも一緒にお持ち帰りしてけー」

 頭を踏みつけていた足を外し、下敷きになっていた不良の体をつま先でこつこつと蹴る。呻きつつ起き上がった不良は、ふらりと立ち上がって霞凪を睨みつけた。

「……この野郎」

 次の瞬間、霞凪の鋭い蹴りがその不良の股間に入った。再び不良は地面に崩れ落ちる。

「まだごちゃごちゃ抜かすようなら、次は男として使いもんにならなくさせんぞー。十秒待ってやるからさっさとうせろ、でないとそっちのブランド財布野郎も同じ目に合わせる」

 冷徹な宣告を受け、不良たちはやはり我慢ならないようだったが、「いつかボコってやるからな」と捨て台詞を残し、よろよろと夜闇に消えていった。
 駐車場に、平穏が戻る。

「あーまさか本当に典型的な負け犬の台詞を吐かれるとは思わなかったわ……」

 呆れ顔で彼らを見送り、霞凪はカツアゲされかけていて少年を振り返った。

「怪我とかないか、まああってもそこのコンビニで絆創膏買う程度しかできねーけどな。実は骨折れてるかもとかなら救急車も呼ぶけど」 
「あ……いえ、大丈夫です。……あの、助けてくださって、ありがとうございました」

 霞凪の質問に、少年はかぶりを振ってからそっと一礼する。だが、その言葉に、霞凪は顔をしかめた。

「べっつに、助けたつもりはねーよ」
「え……? だっ、て……」

 戸惑った表情の少年に、ひとつため息をついて補足説明を入れる。

「人を正義の味方扱いしたがるとこは、おまえもさっきのアホどもも、頭の回路同じだよなぁ……おまえを相手にするよりあいつら相手にしたほうが、人数的にも多くボコれたってだけだ。……いいか、よく聞け」

 唖然としている少年をしっかりと見据え、霞凪ははっきりと言い放った。
 自らにも言い聞かせるように。

「オレは、おまえがかわいそうと思ったわけでも、あいつらが許せないと思ったわけでもない。ぶっとばすいいカモがいたって思っただけだ」

 ──それでいい、と思う。正義などという言葉で飾り上げ、自分の行動を正当化する気はない。
 すい、と霞凪は少年に背を向ける。振り返ることは、なかった。

「結局の所、オレもあいつらと同じだよ」

 一般人には、めんどくさいから手ェ出さねェけど。
 最後の言葉は、口に出すことはなかった。それは自分だけが知っていればいい事だ。
 霞凪はコンビニの自動ドアへと歩を進める。ガラスの向こうに見える店内は、外での乱闘がまるで夢であったかのように平和だった。


 さて、牛乳を買いに行くとしよう。

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