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「――悪い奴に決まってんだろ」

 蓮祇はそう、一刀両断した。
 花屋の店主に一通り町を案内してもらい、日が暮れる頃に別れて帰宅してから、自分より先に帰ってきていた蓮祇に青蔭の話をした所、開口一番がそれだった。かの魔術師を『悪い奴』と言いきった彼の顔はやや渋面で、蓮祇が青蔭のことをどうも嫌っている様子であるのは見て取れる。

「……オレが今日、街で聞いた感想と随分正反対ですね、それ」

 少し目を丸くした霞凪に、蓮祇は淡々と答える。

「まあ、大方の連中は確かに奴を贔屓するだろうな。実際、ファンクラブなんかもつくられてるって噂だ」
「……ふぁんくらぶ……」

 それはまた、凄い。
 だが、と蓮祇は言葉を続けた。

「その一方、いらん被害をこうむっている奴らもいる。……代表的なのは、誰かわかるだろ」
「え、っと」

 一瞬、返答に窮したが、すぐに答えは見つかった。
 思えばこの家で話した二人ともから、そもそも青蔭に肯定的な意見など一言たりとも聞いていない。

「……警察、ですか」
「そうだ」

 華麗にあしらわれ――脇役、もしくは単なる賑やかし程度にまで落とされるような立場の彼女たち。
 ファンクラブまでできているというなら、民衆のほとんどが青蔭逮捕をおそらく望まないだろう。

「真面目に働いてる奴に限って憂き目を見るなんざバカげてるだろ。どうせパフォーマンスとやらをするならそのあたりも考えて欲しいもんだ」
「……ですね」

 霞凪も頷く。確かに、反論はできない。

「……特に硝子、あいつなんかそのくだらんあおりをもろに受けている奴だ。元は優秀な刑事だったんだが、それで上層部の盆暗どもに妬まれててな。青蔭が現れてから、これ幸いとばかりに『青蔭海璃特別対策班』なんてのに組み込まれて、今じゃその件に専念するしかない。挙句、青蔭は魔術師だからただでさえ普通の人間じゃなかなか太刀打ちできねえってのに、魔術のバリエーションも豊富だから対策を立てづらいらしくてな。本来なら能力者相手の仕事ならゲンガクソウダンが請け負うはずなんだが、あっちもあっちで今のところまだ警察に一任してやがるし」

 ……何故いきなり弦楽奏団が? と内心首をひねりつつも、霞凪は蓮祇に向かって首肯した。

「まあ、楽団じゃあリラクゼーション効果しかないでしょうしね……」
「楽団? ……ああ、」

 一瞬怪訝そうな顔をした蓮祇だったが、すぐに自分の言いたいことに霞凪の認識が追いついてないのを理解したのか、補足説明をする。

「ゲンガクソウダンってのは、幻術師のみを集めた警察みたいなもんだ。幻に山岳の岳、ソウダンは奏でるに団体の団で幻岳奏団。幻術師が生計たてるには、まあ条件は悪かないから幻術師は大方そこに就職してる。能力の強さにもよるがな」
「……ってことは、蓮祇さんも?」

 霞凪の問いに、いや、と蓮祇は首を横に振った。

「俺はフリーで幻術師をやってる。警察には相談しづらい案件ってのもわりと転がってたりするからな、そういうのをかき集めて請け負ってやりくりしてるってとこだ。収入はよかねえがな」
「はぁ……」

 今更にして、ほぼ押しかけるように居候し始めたことについて、結構大きな申し訳なさがこみ上げてくる。
 それにしても、その幻岳奏団に入らない理由というのは訊いてもいいものだろうか、と霞凪は深く追及するのを、ややためらった。もし訊いてみて、入るだけの実力がなかったなどの答えだと、なんだか気まずい雰囲気になるのは目に見えていたからだ。
 どのみち、その間に蓮祇は話をまた進め始めて、結局訊きそびれてしまったのだが。

「とにかく、能力者絡みは普通は幻岳奏団の仕事なんだが、今回は手を出していない――まあ、『まだ』ってだけでこれ以上警察が手こずるようなら、」

 言いながら蓮祇の表情がぐっと険しくなる。『警察が』、とは言うものの、おそらくその責任を問われるのは双角であろうことをわかっているからだろう。

「――手こずるようなら、真打ちとして幻岳奏団が着手する可能性もあるだろうな。俺としてはさっさと手ェ出せと思うが、あそこの上層部もプライドだけは高いから、負け戦の可能性をできるだけ潰すために警察でどこまでやれるか見極めてんだろう。単なる能力を持たない犯罪者や、俺みたいな野良幻術師がもし容疑者だったなら、逆にさっさと手柄取りに来たんだろうが」
「……腐敗してますねぇ」

 流石に、霞凪も呆れ顔になる。もしかしたら青蔭の件のように、別視点から見れば新たな意見を持てるのかもしれないが。
 ただ蓮祇は、上層部なんてどこもそんなもんだ、と肩をすくめた。

「大概きっちり仕事してんのは下層部の人間だよ。俺は両方に知り合いがいるが、まあどっちも真面目に仕事と向き合ってる奴だ。さっきも言ったが、むしろそういう腐敗のあおりを受けている側である、な」
「なんでしょう、ね……」

 ふむ、とつらつら青蔭やその周辺について考えながら、霞凪は立ち上がって冷蔵庫へと向かう。長話しているうちに、どうも喉が渇いてしまった。
 ぱこっ、と扉を開けて中を一通り見てみる。……男一人で暮らしているせいか、それとも本人がただ大雑把なのか、自炊はできるようだが冷蔵庫の中の配置は結構ぐちゃぐちゃだ。これいつかオレが整理した方がいいのかなー、と思いつつ、飲み物で何があるかを確認してみた。

「……蓮祇さん」
「……なんだ」
「……由々しき事態です」

 沈痛な霞凪の声に、蓮祇が振り向いた気配がする。

「どうした」
「ありません……牛乳が!!」
「………………」

 たっぷり間を置いて沈黙してから、蓮祇は冷たい声で答えた。

「……そうか」
「オレは風呂上りと寝起きは牛乳と決めているんです……なのに皆無です……!」
「おまえの好みなんざ知らんからな」
「蓮祇さんはコーヒーに牛乳入れたりしないんですかっ!?」
「俺が飲むのはストレートティーだ」

 その無下な回答に、霞凪はがっくりとうなだれて、ぱこん、と力なく冷蔵庫の扉を閉めた。
 ……いや、まだ手はある。

「……ちょっと買いに行ってきます……」

 ふらりと立ち上がって、霞凪はテーブルの上に置いていた財布をズボンのポケットにつっこんだ。中には今朝蓮祇から小遣いとして支給された数千円、金の単位は元いた世界と同様、物価もほぼ変わりなし。日中に女店主に案内してもらった場所には、最寄のコンビニ――やはりこちらでもコンビニで通るらしい――も入っている。
 玄関に向かい、靴を履いた所で、背後から蓮祇の声が飛んできた。

「この時間は最近不良どもが多くなってるからな、変なのに絡まれる前にとっとと帰ってこいよ」
「はーい」

 後ろは見ずに返事して、霞凪は目の前の扉を開けた。


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