U.

「わかりやすいです……本当にありがとうございます。……頂いてもいいですか?」
「ええ」

 女性が頷くのを見て、霞凪は座ったまま頭を下げてから手書きの地図を丁寧に折りたたみ、ポケットにしまいこんだ。これがあれば帰れそうだ。

「……こちらには……ご旅行か何かで……?」

 残ったハーブティーをすすっていると、女性がそう問いかけてきた。いえ、と霞凪は首を横に振る。

「あの、えっと……引っ越してきたばかりなんですけど、突発的な引っ越しだったもので、あまり下見とかできてなくて。知り合いもいないんで、一人でぶらぶらしてたら案の定迷った、って感じですね……」
「それは、大変でしたね……」

 女性が微苦笑する。続く台詞に、霞凪は目を丸くした。

「もしよろしければ……このあたりを案内して差し上げましょうか……?」




「いやーほんとなにからなにまですみません……」

 申し訳なさとこの上ないありがたさの混じった霞凪の台詞に、いえ……、と女性は淡く笑った。
 現在、彼女の言葉に甘え、霞凪は街中を連れられて見て回っている所だった。彼女はやはり、花屋の店主だったらしく、案内してもらうにしても花屋の経営に差し支えないのだろうか、と思って訊いてみると、どうやら今日は元々休業日だったらしい。店を出る時にドアを改めてよく見てみると、確かに『CROSED』の小さな看板がかかっていた。来た時はドアは開け放たれており、ドアの内側しか見ていなかったので気づかなかったのだが、それでもよく確認しなかったことを恥じて霞凪は顔から火が出そうだった。
 そして、店での雑用も急ぐものはない、とのことで、こうして今、街を案内してもらっている。会ったばかりの人間について行くことに、何故かためらいはなかった。

「ああ……あれが、スイホウジョウ、ですよ……」

 女店主が指さした先を見て、霞凪は目を見張った。
 城だ。欧州を彷彿とさせる街並みの中に一つ、和風な城郭がある。蔦で覆われているのか、白壁らしきところに所々緑の色が見えた。

「青蔭海璃が……魔術ショーを行い、帰る際に……必ずあのお住まいを通りすぎて行きますね……警吏の追う者とは言え……彼は女王陛下に敬意は……あるのでしょう」
「そう……ですか」

 返答しながら、霞凪は気になった事項を脳内に書きとめる。
 一つ、『女王陛下』という単語。この世界は天皇制ではなく、王政らしい。しかも女王のようだ。しかも、そのスイホウジョウ、という和風城郭に実際に住んでいるらしい。まさか服も着物だったりするのだろうか。
 もう一つ、青蔭海璃のこと。やはり魔術を使うことで有名らしい。人間離れした跳躍も、魔術によるものだったのだろうか。しかも、その魔術の使用が『ショー』として認知されている。警察に追われるくらいだからもっと犯罪じみているのかと思っていたのだが、ショー、と言われると、どうも犯罪者という緊迫感を感じない。
 いや、もしかしたら皮肉としての線なんだろうか、と少し考えた霞凪は、当たり障りのない程度に女店主に質問してみることにした。

「青蔭海璃……って、いい人なんですかね。なんだかいまいち曖昧って感じがするんですが」
「……まあ……確かにこう、と断言できる要素は……ないですね……」

 女店主は、霞凪の疑問にゆったりと頷く。そして、ですが……、と言葉を続けた。

「大衆に人気があるのは、事実でしょうね……事前に魔術を使う事を、予告し……指定した日の夜、指定した場所に、表れ……存在し得ないはずの、巨大な鳥を使って空を舞い……様々な色の光で、街を彩り……追いかける警官達を、華麗にあしらい……再び夜空の彼方に、消えて行く……そんなおとぎ話のような、一夜の夢を……魔術で実現させる人ですしね……見物としては、これ以上ないショーでしょう……」
「……ですよね」

 おそらくその『追いかける警官達を華麗にあしらい』だっただろう場面しか霞凪は遭遇しておらず、夢のような魔術とやらを実際に見たことはないのだが、どうやら双角曰く有名らしいので、話を合わせるために相槌を打っておく。しかし、確かにそんなパフォーマンスを披露されれば、民衆は歓喜することだろう。いわば大怪盗が予告状を出した上で衆目の中高価な宝石を盗みだす、といったような所なのだろう。
 だが、怪盗ならともかく、今の話だと、どうも青蔭が『犯罪者』というイメージに結びつかないのだが、いったいどういう罪状なのだろうか。
 そんな霞凪の心中を察したかのように、女店主は語りを進める。

「あれで、青蔭海璃が登録していれば……警吏の方に追われることも、なかった……のでしょうが……」

 トウロク? って『登録』でいいんだろうか、と内心首を傾げながら、霞凪は一応元からその用語を知っている風を装って訊き返した。

「……なんで、登録してないんでしょうね。何か言ってましたっけ、本人は」
「青蔭がそれに言及したことは……ないですね……」

 ないらしい。

「仮説としてなら……いくつかはお答えできますが……まず一つが、使用制限の問題、ですね……」
「使用制限、ですか」
「ええ……ご存じだとは、思いますが……数が少ないとはいえ、魔術師は……幻術師よりも強大な力を持ちます……それ故に魔術を使用する場所……使用魔術……などを申請して……許可された時間のみの、使用になります……実際、非常事態でもない限り……申請しても、振るえる魔術は……かなり制限が、かかりますからね……好きに魔術を振るおうと思えば……不便な法では、あるでしょう……」

 なるほど。
 要するに、その登録というのをきちんと行えば魔術を使えるが、好き放題というわけにはいかず、逆に登録しなければ好き放題に魔術を使えるが、その行為は法を犯すことにあたるらしい。登録というのが何を登録するのかはわからないが、おそらく魔術を使えばそれがどこの誰とわかるような個人情報であることは確かだろう。登録した状態で許可を取らず魔術を使えば、すぐに特定されるのだ。顔を隠して強盗に入り、そこからうまく逃走したところで免許証を現場に忘れるよりは、まだ身元がわからないまま逃走できた方が捕まる確率は低い、ということだ。

「しかし……青蔭海璃の場合は、そんな理由だけではないでしょう……と、私は考えていますね……」

 女店主の台詞に、霞凪は興味深さと少しの混乱を覚えながら、やや好奇心をあらわにその続きを待つ。

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