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「……なるほど、それで気がついたらあそこにいた、と?」
「ええ、まあ……はい」

 霞凪の話を一通り聞き終えて、頭の痛い話でも聞いてしまったように、双角は軽く目を瞑ってうつむき、しばらく黙りこんだ。蓮祇も何か考えているのか、口は開かない。
 本当に大丈夫だったかな話して、と霞凪がだんだん不安になってきた時、ようやく双角が蓮祇にこの日何度目かになる確認を行った。

「……全部本当?」
「……全部本当だな。隠してることとかはないな」

 話を振られて、霞凪は首肯する。

「はい。覚えてる限りは……全部話したつもりです」
「みたいだな。──異世界とやらの存在を肯定するしかないか」
「……そう」

 蓮祇の言葉にふっきれたのか、双角はすっと顔を上げる。そして、霞凪をまっすぐ見てから、頭を下げた。

「ごめんなさいね、疑うようなことして」
「い、いえ! 双角さんは何も悪くないですよ!? 真っ当に仕事されてただけですから! というかこちらこそわけわからん奴ですみません!!」

 双角の殊勝な態度に、とっさに霞凪も頭を下げ返してしまう。実際、異世界人がどうたらなどと言われたら、誰だって混乱して当然だろう。自分は悪くないし、むしろあの怪物の被害者であるとは思うのだが、真面目に対応してもらえた双角や蓮祇には、なんだか申し訳ない気分になる。
 だから、霞凪と双角のやり取りのあとで、「──だが」と蓮祇が口を開いた時には、ちらりと不安が胸中をかすめた。
 しかし蓮祇の台詞は、やはり拒絶されるのではないか、という霞凪の不安とは別物だった。

「異世界から来たとなると、これからどうやって生活するかとかが問題だな。戸籍も作れんだろうし」
「まあ、ある意味不法入国だしね……ああ、大丈夫よ。とっ捕まえたりはしないから」

 不法入国、という単語にビクッとした霞凪に気付いたのか、双角は急いで付け足す。
 だが、この世界でしばらくだろうと生活するには、いろいろ不便があるだろうと霞凪も薄々勘付いていた。街並みの風景や、魔術、幻術という単語だけ見ればファンタジー世界そのものだが、警察機構だろう組織、テレビや新聞というものが普通に会話に出てくること、この蓮祇の家の内装や家具などを鑑みると、この世界の文明や科学の発達度合は、霞凪のいた世界とそう変わらないであろうことが推察される。
 ということは、先程蓮祇も言ったが、まず戸籍がないのはかなり問題だ。住居を手に入れるとしても、そんな大金を持ち合わせていないし、稼ごうにも履歴書など作れるはずもない。

「……街中で野宿するわけにもいかないしなぁ……」
「まあ警察としてはやめてほしいと思うわねぇ」

 双角がすかさずそう呟いて、ですよねー、と霞凪はため息をつく。

「一応女ですしね……危険っちゃ危険ですし。できればやめときたいです」

 野郎に襲われたところで返り討ちにはできるだろうが、不意を突かれたり、寝込みを襲われたりだとさすがにオールマイティどんなシチュエーションでも絶対に大丈夫、と断定する自信はない。
 かと言って町を離れ、山の中でサバイバルする知識も技術もないので、無難に街中で住める所を探したいものだが──
 ──と、そこで霞凪は、双角と蓮祇が再び自分を凝視しているのに気が付いた。

「……あ、あの、なんでしょう」

 たじろぐ霞凪に、双角がやや驚いたように言葉を返す。

「あ……いえごめんね、ずっとあなたのこと男の子だと思ってたから、ちょっとびっくりして」
「え? ああ、いえ……ああー……」

 一瞬だけきょとんとしたものの、霞凪はすぐにその間違われた理由と思われる原因に行きつき、頭を抱える。

 (そういや一人称、『オレ』のままだった……)

 普段、大人相手やそうすべき場面では、適宜『私』に直しているのだが、今回は異世界という非常事態に混乱していたあまりか、完全に失念してしまっていた。
 よくよく思い返せば最初の男、青蔭に会った時も、『少年』と声をかけられた気がする。

「あの、本当にすみません……ちゃんと『私』って使えます……」

 申し訳なさが二重になり、もう一度深々と頭を下げた霞凪だったが、いえ、と双角は片手を振る。

「一人称もだけど……あまりズボン履いてる女の子って見かけないから」
「……ズボン、ですか?」

 意外な要因を聞かされて、やや信じられずに霞凪は蓮祇にも確認する。

「女子はスカートしか履かないんですか? 全国レベルで?」
「……全国レベルで、だろうな。少なくとも俺は見た事はない。こいつみたいに、」

 と、蓮祇は双角を親指で軽く指す。そういえば驚いている当の本人である双角はズボンを履いているのだが。

「なんらかの職業の制服でもない限り、基本は履いている奴はいないはずだ。テレビでもせいぜい歌劇団程度だな」
「……そうなんですか……」

 文明こそ同程度だろうにしても、文化はまた別な側面もある、ということか。

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