Z.

 ――やっと落ち着いたのは、数分後の事だった。

「……で、何の用だよ」

 物憂げにがしがし頭をかきながら、男──蓮祇が口を開いた。彼の少し長い枯れ葉色の髪が、手の動きと共に跳ねて行く。
 現在、三人は玄関から入ってすぐの雑然とした部屋にある、一対のソファーに向かい合って座っていた。一応は応接間、のようだ。
 蓮祇の問いに、双角が答える。

「仕事よ仕事。あの魔術バカがバカやってる時にこの子が封鎖区域内にいたから、事情聴取」

 ……は? 魔術?
 その不可解な単語に一瞬、霞凪の目が点になった。

「封鎖区域内、な……」

 あまり興味をそそられない様子の蓮祇だったが、ひとまずはといった感じで霞凪に話を振る。

「なんでまたそんな所にいたんだ? 青蔭の熱心なファンとかか」
「……えっと」

 反応に困り、霞凪は自然と口が重くなってしまう。
 『魔術』に『ファン』ということは、あの追われていた青色の男はマジシャンか何かだったのだろうか。
 とりあえず、思いついた疑問から口に出してみることにする。

「あの……双角さんが追いかけてたあの全身青ずくめの人、手品師なんですか?」

 その質問に、今度は双角と蓮祇が、目を点にして珍奇なものを見るような視線を霞凪に投げかけた。妙なことを訊いてしまったのだろうか、と再び霞凪は冷や汗がだらりと垂れる。
 一拍置いて、双角が訝しげに口を開いた。

「……じゃあ、なに? あんた、青蔭海璃(アオカゲ カイリ)のこと、知らないって言いたいの?」
「えーっと、その、青蔭ってのが青ずくめの人のことなら……ハイ」
「あんだけテレビや新聞で派手にやってるのに? シラきるには白々しすぎるわよ」

 ……そんなに有名人だったのか。
 出会いが偶然だったとはいえ、どうせならもっと無名の逃走者であってほしかったものだ。なんでオレまで追い込まれるような状況にならなきゃなんねーんだ、と内心霞凪は頭を抱える。
 しかし、実際テレビでも新聞でも、青蔭という名も、あの男の姿も、一切見たことはない。いよいよ、別世界に飛ばされた線が強くなってきてしまった。
 妖怪の腹から、どこをどうやって異世界に通り抜けたのか、全く見当もつかないのだが。
 黙り込んでしまった霞凪に、しかし意外にも助け舟が出された。

「……どうやら本当に知らねえみたいだな」

 ぼそりと呟いたのは蓮祇だ。その台詞に、双角は目を丸くする。

「蓮祇……本気で言ってる?」
「ああ、『仕事として』言ってる」
「……そう」

 頷くと、双角は少し思案するように目を伏せる。だが、すぐに新たな問いに移った。

「青蔭のことは知らないにしても、封鎖区域は? あちこちでうちの警官が警備してたし、誰かがうっかりあんたを見逃したのと、あんたがうっかり警備に気付かなかったのはなかなか起きない偶然だと思うけど」
「……あの、」

 一瞬迷ってから、霞凪は正直に言うことを選択した。

「気付いたらあそこにいて……正直、自分でもなんであそこにいたかわからないんです」

 霞凪が言い終わるのを待ってから、双角はちらりと蓮祇を見やる。その視線に、蓮祇は軽く首肯した。

「合ってるな」
「合ってる、か……何か覚えてることは?」

 後半は霞凪へ向けての確認だった。いえ、と霞凪は首を横に振る。

「……何も」
「何も? 気がつく前にやってたこととかは?」
「……っ」

 ――逡巡。どうせなら記憶喪失で通した方が楽じゃないか、という考えが脳裏をかすめた。
 だがここが知らない世界なら、戻る住所もあるべき戸籍も、生きてきた形跡すらないのだ。記憶喪失で全て忘れた設定にしても、それで通し続けるのは――おそらく、厳しい。
 ならば、と霞凪は、一つ気になったことを言ってみた。

「……えっと。あの、質問中に申し訳ないんですけど……オレからも一ついいですか? その……そちらの方って」
「……二条会蓮祇(にじょうえ れんぎ)、だ」

 言い迷った霞凪の様子を察し、蓮祇がフルネームを口にする。

「あ、ありがとうございます。――蓮祇さんって、その……どういう役割の方なんですか?」

 双角が『仕事』としてこの案件を持ち込んだということは、警察関係者、なのかもしれないと最初は思った。だが、蓮祇の服装は白のカッターシャツに黒のズボン、髪の色と似た茶のロングコートと、彼の自宅ではあるから当然かもしれないが、双角の着用している制服とは違い明らかに私服だ。これといった組織的なバッジやエンブレムがついている様子もない。
 ならば民間の警察協力業者なのかもしれないが、それならどういう協力関係にあるのかが気になる。おそらくは、

「探偵さん……とかですか。ささいな仕草から嘘がわかるような」

 今までの会話や態度を振り返って考察してみると、蓮祇が霞凪の言動の正当性を裏付けしているパターンが多い。双角もいちいち疑問を挟まず蓮祇の裏付けを信用しているということは、かなり腕前の高い探偵だろうか。
 と、思ったのだが。

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