Y.

 霞凪が連れて行かれたのは、小さな二階建ての家だった。

「……ほら、着いたわよ」

 女性が車から降り、霞凪にも降りるよう促す。他の男たちはというと、先んじて何処かへと去って行った。おそらくは、警察署にあたる所だろう。
 一人霞凪をここまで連れてきた彼女の素性は、すでに車の中で聞いていた。双角硝子(もろずみ しょうこ)、ガラスではなくショウコ。職業は、やはり警察だと言う。見ず知らずの場所、見慣れない制服だが、霞凪の育った場所と同じ点が多々あるのかもしれない。
 そんな事を思いつつ、霞凪は車を降りた。先に降りた双角が、その家のインターホンを押す。ぴんぽーん、と平和な音がした。

「蓮祇ー、入るわよー?」

 ……返事がない。

「もう夜ですし、寝てるんじゃないですか?それか、外出中とか」

 霞凪は後ろから、いくつか意見を述べてみる。その指摘に、双角は少し考えるような素振りをした。

「あいつ、今日は出かける予定ないって言ってたはずなんだけど……ということは、寝てるわね。仕方ないわ、ここは強行突破してあいつを叩き起こすか」
「きょ、強行突破っ!?」

 いいのか許されるのかそれは!? と霞凪が焦った時、彼女はドアノブが回るがちゃり、という音を耳にした。どうやら住人はいて、ちょうど今玄関にたどり着いたらしい。これで強行突破はなくなるか、と霞凪はなんとなくほっとする。
 が。

「はぁぁぁぁっ!!」

 双角にはドアノブの回る音が聞こえなかったのか、彼女は物凄い勢いで玄関のドアを蹴り飛ばした。ばこん! という音がして、ドアは蝶番をふっ飛ばしながら中へと倒れ込む。

「さあ! どこで寝こけてるかは知らないけど、とっとと起きなさいっ!!」

 倒れたドアに、だんっ! と荒々しく片足をかけ、双角は家の中に向けて言い放った。その眼光は鋭く、前方の階段本棚机椅子、その他諸々を見据えている。
 だが、そんな彼女には見えておらず、後ろでだらだらと冷や汗を流している霞凪には、見えているものがあった。
 ──何故蹴り倒されたドアは床に倒れきる事なく、双角が足をかけられる程、斜め何十度かで止まったのか?
 それはドアと床との間に、障害物があったからに他ならない。
 そしてその障害物とは、

「ちょっ、あの、えーっと、双角さんっ!? ドアの下に人がいるんですけど! 潰されかかってるんですけど!!」

 紛れもなく人、だった。霞凪の立ち位置からでは、ドアと双角の姿に隠れてはっきりとは見えないのだが、かろうじて片方だけはみ出した腕が倒れているのは人間である事、その人間が大人であろう事を証明していた。

「何? 人?」

 双角はじろりと下方に目をやった後、ドアにかけていた足を引き、そのままドアを再び蹴り飛ばして、倒れている人物の向こうへとスライドさせた。今度こそドアは、床に倒れきる。
 ……因みにこのドアは、鉄製だ。

「……凄ェ……」

 先程の男といい、双角といい、ここには人外並の力を持つ人が集まっているのだろうか、と霞凪は思ってしまう。
 それはともかく、ドアがどけられたおかげで、やっとその人物の全身が姿を現した。うつ伏せでよくわからないが、男性のようだ。双角が、ん、と気づく。

「なんであんたこんな所で寝こけてんの? 風邪ひくわよ、蓮祇」

 ……無情だ。
 蓮祇と呼ばれた男性は、呻きながらゆっくりと立ち上がった。そして双角を目にとめると、彼女を半眼で睨み、怨嗟の言葉を口にする。

「て、てめえ……またうちのドアを破壊したな……」
「仕方ないでしょ? 出てこないんだし」

 反省の色など微塵も見せず、あっけらかんと双角は言った。その双角の理不尽な物言いに、男性は噛みつく。

「出て来ないからって破壊すんじゃねェ! どれだけ修理費がかかるか知ってんのかそしてどれだけ俺が痛い目見てると思ってんだ!!」
「自業自得よね」
「おまえは一回四字熟語辞典を熟読してから四字熟語を使え!! 毎度毎度俺がドアを開けようとした瞬間に蹴り倒しやがって、これは嫌がらせか? 一種の嫌がらせか!?」
「嫌がらせだなんて人聞き悪いわね。たまたまタイミングが悪かっただけじゃない」
「そうか国語辞典も熟読してこいおまえは! 何回もやらかしてる事をたまたまって言うな!! しかも今回は鍵を開けた所で蹴り倒すっつー凄ェ悪質なタイミングの悪さだったんじゃねェのか、おい!?」
「タイミングの悪さなんてみんなたまたまよ、たまたまに悪質も良質も存在するわけないじゃない」
「ああそうだな、おまえの言い逃れ方が悪質だ」
「ちょっ……すみませーん……あのぉ……」

 一人取り残された霞凪の言葉は、しばらく二人には届かなかった。

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