X.

 追いつかれた、ということは、この男性は追いかけられていたらしい。なにやら不穏な響きに、霞凪の首筋を嫌な汗が伝う。
 と、

「そこまでよ、青蔭」

 路地に凜とした声が響いた。霞凪が振り向くと、そこには数人の男性達と、その先頭に立つ一人の女性がいた。皆一様に同じ服──おそらく制服だろう──を着ている事から、どうやら何らかの組織らしかった。まだ二十代半ばにしか見えないが、この女性がリーダーなのだろう。霞凪の方をいぶかしげに見て、先ほどの言葉に続けて問うた。

「……と、誰その子?」

 青蔭と呼ばれた男性は、その問いに肩をすくめて答える。

「ただの迷子だよ。私とは関係ない」

 彼の返答に、女性はふんと鼻を鳴らした。

「ただの迷子にしては、おかしな所もあるけどね……まあいいわ、その子は後で事情聴取する事にして、」

 事情聴取!? と固まった霞凪をよそに、彼女は続ける。
 
「まずはあんたを逮捕するわ、青蔭海璃。いい加減逃げるのも諦めるのね」
「一応そうもいかないんだがなぁ……ま、今日の所はそろそろ退散するとしよう。時間も終わりだし」

 そう困ったように、だが依然として楽しそうに青蔭は言うと、だんっ!! と道路を蹴って跳躍し、数メートルはある民家の屋根の上に再び立った。
 人間離れした身体能力だ。

「ふざけんじゃないわよ、そこから降りて来なさいっ!!」

 女性が吠える。だが、青蔭は涼しい顔で答えた。

「この状態で降りて来いと言われて降りてくる人はいないなぁ」
「いーから降りて来なさいっっっ!!」

 ああ、遊ばれてるな……。むきになっている彼女を見て、霞凪は少し女性に同情した。
 そんな霞凪の胸中をよそに、奇妙な舞台はそろそろ幕を降ろそうとしていた。

「では、私はそろそろお暇するよ。何しろ門限があるので、それまでに帰らないといけないのでね」
「ふざけたこと言って逃げるんじゃないわよ!!」
「心外だな。逃げるんじゃなくて帰るだけなんだが」
「この状況で帰る事を逃げるって言うのよ!!」
「ま、見解の相違ということにしておこう。では、今宵はこれにて」

 そう言うと、青蔭海璃は鋭く口笛を吹いた。すると、なにやら巨大な影が飛来する。

「デカい……鳥?」

 霞凪は、小声で独りごちる。流石にこの頃になると、驚愕感覚は麻痺して来ていた。
 月夜を背景に、鳥に掴まり浮かび上がる青蔭。その様子を霞凪は、すごいなーなどと内心喝采を送っていたが、突如感じた殺気に、おそるおそる振り向いた。

「……あいつ……っ!!」

 ……青蔭を追っていたらしい女性だった。彼女は全身、特に目に、ぎんっと音がしそうなほど殺意をみなぎらせ、叫んだ。

「逃がすかぁっ! 全員、一斉射撃っ!!」

 瞬間、銃声が辺り一面に轟く。

「〜〜〜〜っ!?」

 至近距離で発砲されるという経験が、運動会の時の徒競走の時くらいだった霞凪は、あまりの轟音に耳が潰れそうになり、急いで耳に指で栓をする。その間にも銃弾は青蔭へと飛来するのだが、高速で飛び去る青蔭には全く当たらず、そのまま青蔭は空の彼方へと消えて行った。青蔭が去って行った方向を見ながら、ちっと女性が舌打ちする。

「……うわ、弾の無駄遣いだなー」

 思わずそんなことをぼそりと言ってしまった霞凪だが、次の瞬間、女性がいきなりこちらを向いたので、もしかして聞こえたか、という焦りと、圧倒的な殺意に気圧され、思わずあとずさってしまった。
 しかし、とりあえず霞凪の言葉は聞こえていなかったようで、数々の文句を浴びることはなかった。彼女は、こう言ったのだ。

「……青蔭の逮捕はともかく、あんたには一緒に来てもらうわよ。完全封鎖されていた通りで、何でうろついてたか詳しい説明をしてもらうわ」

 ……やっぱり事情聴取されるのかよ!! と霞凪の全身から血がひく。

「……えっと、オレ、無関係なんですけど……ていうか逮捕? ってあなた、警察関係者なんですかっ!?」

 わたわたとうろたえる霞凪を冷たく見下ろし、女性は淡々と答えた。

「この制服をコスプレか何かだと思ったの? ま、心配しなくても、あんた見た所未成年だし、本当の事を正直に話せば、公務執行妨害くらいでおさまるんじゃない?」
「え゙え゙え゙ぇぇぇぇ結局罪に問われるんですかオレっ!? そんな、オレは完全封鎖されてた事なんて……」
「知らないとは言わせないわよ。ちゃんと事前にここらへん一帯には予告出してたじゃない。……そうね、とりあえずは何処から入って来たのか聞く事にするわ。さ、とっとと乗って」

 そう言って女性が指さしたのは、白と黒のツートンカラーで構成された、主に五人くらいが乗れる乗用車。
 明らかに警察用車両だった。
 ……霞凪は乗った事がないし、また乗りたいとも思わなかった。が、女性の、早くしないとぶっ飛ばすわよという殺気を浴び、霞凪は仕方なくその車に乗った。

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