V.

 手前から二番目の個室に入る。臭い。これだからトイレは嫌だ。いらいらしながら極力息を止めていると、ふとなにやら声がした。赤マント、青マント、黄マントのどれかを選べという。そんなださいものはいらんから、某ブランドのGジャンを寄越せと言ってやったが、懲りずにもう一度同じ質問を繰り返してきた。某ブランドのGジャンがないならモスグリーンの迷彩服で勘弁してやると答えたら、色で答えろおおおおお! と逆ギレしやがった。鬱陶しい。モスグリーンが色だという事がわからないのかこの愚物め。そう返したら、最近の言葉はわからないと泣く声が聞こえたかと思うと、静かになった。モスグリーンは若者言葉のレベルじゃないぞ。己の不勉強さを認めろ。
 トイレを出て、東廊下に行く。半ばくらいまで行くと、何か荒い鼻息が聞こえた。振り向くと、確かに上半身だけの禿げのおっさんが、猛烈に腕を振りながらこちらに向かって来ている。十分行動はできてるんだし、足より頭の心配をした方がいいのではないだろうか。
 そう思いつつ、俺はナップザックからバットを引き抜く。ストレートに飛んできたおっさん目掛けて、吉田の時のようにフルスイングした。ふむ、いい手応えだ。おっさんは廊下の端まで吹っ飛んで行き、壁に激突して床に落下した。ぴくりとも動かない所を見ると、どうやらご臨終したらしい。またつまらぬものを打ってしまった。
 そのまま東廊下の端まで行き、階段を上って三階に到達する。南廊下に行くと、何かが走ってくる音が聞こえた。窓から差し込む月明かりで見た所、件の人体模型のようだ。模型如きが脱走するな。またフルスイングしてやろうかと思ったが、それでは芸がないなと反省し、別の手を使う事にした。
 ──いや、実際に使ったのは足だ。人体模型が俺の前を通り過ぎようとした時、俺は片足を奴の前に突き出した。見事にすっ転ぶ人体模型。派手な音を立てて地面をスライディングした模型は、倒れたまま動かなくなった。あっさりすぎてつまらん。
 そのまま放置して次に行こうかと思ったが、ふと思いつき、人体模型をさっきの禿げたおっさんの所に置いてきた。これで問題ないだろう。
 改めて三階に上り、女子トイレに向かう。女子トイレに入るのはやや気が引けたが、まあこの際仕方がない。さっさと入って、すぐさま奥から二番目の個室を開けた。すると呆然とした女子がいたので、夜な夜な出歩く事について墾々と説教してやった。すると、あんたも今出歩いてるじゃないと逆ギレされたので、これは必要悪だ、だいたいおまえがいなかったら俺だってここに来る事はなかったと言い返し、更に説教を続けた。最終的には女子もうなだれ、もう帰ると言ってくれた。これに懲りて、二度と真夜中に出歩かないように。
 女子の説得に成功した俺は、三階の端にある音楽室に向かった。扉は開いていなかったので、鍵のかかっていない廊下側の窓から侵入する。無事に床に着地し、さて肖像画はと見てみると、ベートーベンの目が光っていた。モーツァルトもショパンも光っていないのに、この目立ちたがりめ。空気を読め。おまえのような輩を巷でKYと言うんだ。
 ベートーベンの蛮行に嫌気がさした俺は、奴の目に持参した胡椒をすり込んでやった。すると、即座に光が消えた。他の者を蔑ろにするからこういう報いを受けるのだ。天誅。

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