夕闇に浮かぶ門前にて

 とある日の黄昏時、門番は一人で佇んでいた。
 夕陽の蜜柑色と影の濃い黒がそめる景色を、ここに来てもう幾度となく見たその景色を、微動だにせずじっと見据える。それが彼の本分であり、また強固たる意志の現れでもあった。
 ──そうしてその場にとどまり、何刻経ったであろうか。不意に門番は、微かな来訪者の音を聞いた。
 音が徐々に近づき、来訪者の姿を認めた時、門番は密かに嘆息した。
 ──全く、益ない者がきたものだ。
 そんな門番の心中などいざ知らず、来訪者は軽やかに門番の前に現れた。
 そして、軽く笑みを含んだ声で、門番に言葉をかける。
「ほう、まだいたのか。主なき社の門番よ」
「主がいないかどうかは、貴様が決める事ではない」
 対して門番は、にこりともせずそう返した。その声音には、微かな苛立ちが表れていた。
 それを察し、来訪者は笑みを深めて言葉を続ける。
「そう腹を立てるな。実際、その姿を見たものは誰もいないとの噂、不在と思われても詮無き事。……いずれにせよ、その有って無きが如き朽ち果てたような門、守る価値などあらぬように思えるが」
 来訪者は今一度門を眺めてくつくつと笑った。
「げに、吹けば飛びそうな門だこと」
「貴様のような、図体ばかり大きな不調法者の輩にとってはな」
 つっけんどんに門番は答える。
「小物であればこの門を破ることなど出来はせぬ。破ろうとあがいて力尽きるが関の山よ」
「そうして倒れた小物にとどめをさし、日々の糧を得るか。門番殿はなかなか鮮やかなお手際を見せる」
「……何やら含むものがあるように見受けるが」
 門番の刺のある物言いに、来訪者は素知らぬ顔でそっぽを向く。だがその口元には、依然として笑みが残っていた。
「言いたきことがあれば、言うが宜しかろう」
「では申そう門番よ、主の遣り口はちと野蛮ではあらぬか? どうせ命を取るものなら、一思いに屠ってやれば良いものを」
「貴様のように、か?」
 門番は、静かに訊いた。来訪者は、笑んだまま答えない。
「貴様はそれでよかろう、図体ばかり大きな不調法者、己の速さと力量を吹聴して回る夜郎自大な輩よ。我が糧をかすめ取る山賊に、遣り口をどうこう言われる覚えはないわ」
「おや山賊とは手厳しい」
 門番の台詞を意に介する様子もなく、来訪者は飄々と返した。
「ここに来る度主とは親交を深めてきたと思うたが、我も嫌われたものだな」
「戯れ言を。我が一族を糧とする様な悪鬼と、誰が親交など深めるものか」
「今度は悪鬼か。いやはや、参ったものだ」
「──そうして我も、狙う腹づもりか」
 場に、沈黙が落ちる。来訪者が笑んでいることに変わりはなかったが、その笑みは今や鋭き眼光を湛えていた。
 門番も全身に緊張をみなぎらせ、来訪者を見据える。
 そうして、永遠にも近い時間が過ぎた。
 ──ふと、来訪者が力を抜いた。
「やめておこう。門の残骸を被るのは御免こうむる。羽衣を汚したくはない故な」
「……元より汚い色のくせに、よく言えたものよな」
 門番も、警戒こそ怠りはしなかったものの、緊張は解いた。
「この灰青の良さがわからないとは嘆かわしい。色彩の機微もわからぬものだから、斯様に毒々しい衣を身に着けていられるのだろうな」
「この衣は貴様ら不調法者への警告よ。去ね、でなければ死あるのみ、とのな」
「なんともはや、恐ろしいものよ。では、我も退散すると致そう」
 最後まで軽い口調のまま、からかうように言い終えると、来訪者はくるりと踵を返した。
 だが、すぐに帰る事はせず、二、三歩歩んだところで振り向いて門番に尋ねる。
「門番よ、主はいつまで門番を務めるのだ。この主なき社の門番を」
「主ならいらっしゃる」
 間髪入れず、門番は即答した。
「我がこの場所に門を築いてからというもの、以前にも増して糧を得る機会が増えた。社の主殿の御恵みに相違ない。然るに我は、社の門番たるよう務めておる。図体の大きな不調法者に敵う事は能わずとも、せめて小物程度はみだりに社を荒らす事のなきようにな」
「やれ、立派な志よ。例え自らの糧を得る目的もあったとしてもな」
 ふ、と微笑むと、来訪者は帰路へと向き直った。
「その門を守り続けるが良い、門番よ。門か貴殿の命尽きるまでな」
 そうして来訪者は、門前を去った。
「──言われずとも」
 呟いて、門番は改めて門の正面を見据える。既に夕陽の落ちた天は昏く、辺りには濃い闇が忍び寄ってきていた。
 それでも門番は微動だにせず、不埒なる侵入者を阻むべく、門の中央に陣取り続ける。
 いつか門破れ、天命尽きるその日まで──



 夕方、僕が学校からの帰り道を歩いていると、不意に道の脇から鳩が飛び立って行った。
 思わずそちら──小さな神社へと続く、細い道の入り口を見る。
 するとそこには入り口を塞ぐように蜘蛛の巣が張られており、真ん中には一匹の蜘蛛が、ただじっと動くことなく構えていた。

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