サヨナラは必然だから

 二学期末。
 高校三年生である私達とっては、進みたい大学へ進む為に勉強し、その傍らで多くの学友と過ごせる期間が残り少ない事を再確認させられる時期。
 だけど、『残り少ない』だけで『もう無い』わけじゃないと、そうも思える。短い期間を、大切に出来るから。
 そう、思ってしまった。



「……転校!?」
 いきなりの彼からの言葉に、私はすっとんきょうな声を上げてしまった。電話の声は、困ったように流れる。
『んー……親父がいきなり転勤ってさ。もう家も見つけてあるし、今日までの三連休で引っ越しもだいたい済んだし……学校の方にも連絡行ってるから、明日から俺……学校来ねえわ』
 いきなりだ。本当にいきなりだ。もう三ヶ月後には別れるとはわかっていたが、まだ三ヶ月あったんじゃないのか。あっ、そう、と答えた私の声は擦れて、多分彼には届いていない。
「……それにしても、この時期に転校って。卒業までもうそんなにないじゃん」
『全くだ。向こうの学校で卒業式やったって何の感慨もあったもんじゃねーっつーの』
 ま、もう決まった事だし、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどなー、という言葉は受話器から零れ落ちて、私の耳には半分も届かなかった。ホワイトアウトした頭の中に、欠片達が戻って来て再び世界が動くのを、ゆっくりと待つ。
『……おーい。もしもーし』
「……あ、ごめん。聞こえてる」
 ……うん、まだ全て構築されるまでには遠いが、世界は少しずつ戻って来た。
「で、引っ越し先……何処なのよ」
『えーっと、な……詳しい住所は忘れたんだけど』
 彼は、新幹線で一時間はかかる地の名前を言った。
「流石転勤、遠い所まで行くもんですね」
『なーにが流石だ、どうせ遠くならニューヨーク支部にでもして欲しかったよ転勤のバカヤロー』
「何、ニューヨーク行きたいの?」
『いや、個人的にはロンドンの方が好みだけど』
 大方、日常が戻って来て流れ始めた。私と彼とはなんの気兼ねもない幼なじみで、小学校の頃から顔を合わせてはこんな軽口を叩き合っていた。
 まさか、こんな時に会えなくなるとは思ってなかったけど。
『……あーあ、俺卒業式までにはおまえに言おうと思ってた事があったんだけどなー』
 一応余白はあるものの、世界が再構成された私の耳に、今度は彼の言葉は届いた。届いて、脳にまで入り込んだ。
「今言えばいいじゃない。こうやって電話してるわけだし」
『顔見て言おうと思ってたんだよ』
 うーん、と彼はしばし考え込んだ。
『……うん、今度の冬休みに俺一人でそっち行くわ。そん時に言う』
「あんた一人で新幹線乗れんの?」
『乗れるわバーカ。ガキじゃねーんだからな』
「日本国民は二十歳になるまでガキって決まってんのよ」
『じゃあおまえもガキだろうが』
「あーはいはい。……じゃ、ほんとに冬休みこっち来てよ。暇だし」
『暇だしって……まあいいや、了解』
「宿泊代は出さないからね」
『わかってるわ、こっちに残るばーちゃんに頼み込んでみるから別にいらねーよ。……じゃあな』
「うん」
 それきりぷつりと通信は途絶え、受話器からは通信後特有のツーッ、ツーッ、ツーッという音だけが、静かな部屋のBGMとして流れていた。
 私は、ガチャリと受話器を置いた。
「……ていうか、高校も卒業するってのに家に電話して来るってどうよ……」
 ため息でコーティングされた私の言葉は、宙に溶けて行く。溶けて行って、空と馴染んだ。
 まあ、いい。とりあえず彼は、今度の冬休みは戻って来ると、そう言った。なら、今はそれを楽しみに待とう。彼が私に言いたいという言葉を、いろいろと想像しながら。彼がこの地に帰って来るのを、待とう。
 そう、一日一日を大切に生きるのなら、今の別れも三ヶ月後の別れも変わりはない。別れは絶対にやって来る。

 サヨナラは、必然だから。
 だからこそ、再び此処で会うと。
 そう、約束しよう。

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