俯瞰して二人

 僕が眺めていると、世界はゆるゆると沈み始めた。
 行きつけのファーストフード店の屋根が、見慣れたショッピングセンターの影が、どんどん遠ざかってまるで縁が切れたような不思議な気分になる。

「だいぶ遠くなったね、街」

 横にいた彼にそう話しかけると、彼はたった一言、そっけなく答えた。

「当たり前だろ」
「……そうだね」

 僕は当たり障りのない返事を返す。その間にも、街と僕たちとの距離は開いていく。
ただ僕と彼のいる足場だけは、確固として揺るぎないものだった。鼠色の街並みが、総じてどんどん下降して行く中、僕は閉ざされた空間でそれを静観していた。

「……ちょっとだけ、こっち見てみない?」

 ずっと後ろを向いている彼を、誘ってみる。返事は予想通りのものだった。

「死ね」
「いきなり『死ね』はどうかと思うけどなぁ……」

 まあ、彼の気持ちもわからなくはない。この景色を見に行こう、と誘った時、彼は物凄く嫌そうな顔をしていたのだから。
 彼のことは、嫌いではないのだが――時々、つまらないヤツだな、と思ったりはする。
 しばらく街の降下を見ていると、とうとう高層ビルの屋上が見えた。道路だの歩いてる人だのは、もう随分とちっぽけだ。普段は見上げれば高層ビルが半分以上を占拠している空も、今に限って広い。街そのものも、かなり遠くまで見渡せる。僕の住んでいた街はこんな感じだったのか、と新鮮な気分に浸れる。
 だが、ほどなくしてその新鮮な気分にも上限が来てしまった。
街が降下を止めたのだ。
街がまるごと地下にめりこんでいくんじゃないかとおもしろおかしく見ていた僕は、これ以上はないと悟り、少しがっかりする。対して彼は、少しだけほっとした表情になった。

「行こう」

 僕は彼の手を引いて、閉ざされた空間から出る。出口から彼は着いてこなかったが、僕は彼の手を離して先へ進んだ。
 ――突き当たりだ。ここからも沈んだ街が見える。
 今でもあそこでは、やはり喧騒が渦巻いているのだろうか。僕のいるこの場所はとても静かで、そんな実感はとても湧かない。

「高みの見物――か。……俯瞰と傍観はほぼ同義だな」

 神様が本当にいるのなら、いつもこんな感じなんだろうか。
 静かなところで、ただ下界を見下ろして、人々が何を言ってるかなんてまるでわからない世界。
 実にちっぽけで、指で押したらあっけなく潰れてしまいそうな人間たち。

「……あはは! 人が蟻のようだ!」

 振り向いてそう笑ってみせると、彼は、何言ってんだこいつ、といった顔をした。
 全く、つまらない奴だ。
 だがいつまでも彼を待たせておくのも申し訳ないので、僕は突き当たりから離れ、彼の所まで戻る。
再び閉ざされた空間に二人で入ると、街は降下した時と同じように、緩やかに上昇を始めた。

「君も来たら良かったのに」

 冗談まじりにそう言うと、「黙れ」と一蹴された。

「高所恐怖症だからって、そんな怒らなくてもいいだろ」
「怒るわ普通に。一人でいけば良かっただろ、全く無駄金使わせやがって」

 ……ああ、これは本当に怒ってるな。
 仕方ない、あとでシェイクか何か奢ろう。
 僕がそう思っている間にも降下は続き、やがてゆっくりと止まった。

「……『見下ろす』と『見下す』って、漢字一緒だよね」

 僕の言葉に、彼は答えなかった。
 僕たちはエレベーターから出て、展望台を後にし、街の喧騒の中へと戻った。



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