郷愁想路
遠く続く道、果てない空。
目の前に広がるは、一面の荒野。
不毛の大地に、足を踏み出し。
流浪の旅路を、今日も往く。
それが日々となったのは、いつの時からだったのか。
霞む想い出の欠片を集め。
目を閉じ鮮明に甦らせる。
闇の如く暗い瞼の裏には、
繚乱と夜桜が咲き誇っていた。
──そう、あの日の夜は桜が満開だった。
月に映える薄桃色の、
花弁が一枚、ひらりと虚空を舞う。
その花弁が落つる先は、濃厚な紅の水溜まり。
己が手で作り出した、深い真紅の水溜まり。
その手に握る鋭く光る、刀の銀の刃にも真紅は流れ。
気がつけば自らの頬には、透明な滴が伝っていた。
紅の柄つきの着物の袖を、想いを払うかのように翻し。
銀の刃を、鞘に納めた。
踵を返そうとして、足を止め。
桜の樹に背を預け座る、物言わぬ朋友をふり返った。
目を閉じ、安らかな表情で。
胸に大きな、紅い染みができていた。
──命を取ってくれと言われたのは、その数日前の事。
不治の病の終局を、望む形で迎えさせてくれと。
善かったのか悪かったのかは、未だに悟る事ができない。
ただ朋友は満足して逝き、自分はつかえを残して生きた。
今でもそれは、変わらない。
気がつけば都を飛び出していて。
見知らぬ土地を、放浪していた。
もう、一所には留まれない。
虚しさだけが、身を包むから。───
口から薄い紫煙を吐き出し、冴え返る空に散じさせる。
今己が手に持つものは、刀ではなく細い煙管。
一時の一服は、束の間の休息。
永い浮き世の、刹那の休息。
自分があの友のように眠るのは、果たしていつの事だろうか。
黄昏の空をふと一瞥し、遠い彼方の夜明けを想った。
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