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 悪を成敗していい気分になった俺は、最後の一つである鏡の怪奇の時間が来るまで、音楽室で仮眠を取る事にした。他の教室も閉まっているだろうし、窓が開いている教室をわざわざ探すのは面倒だからだ。俺はナップザックからビニールシートを取り出し、教室の床に敷いてその上に寝転がった。床が硬くて寝心地は悪いが、仕方ないだろう。夏だから凍死する心配はないし、埃まみれにならないだけよしとしよう。
 目覚まし時計もナップザックから出し、四時四十分に鳴るように設定した。これで準備は万端だ。元々眠気があった俺は、すぐに眠りに落ちた。しばらくしてから誰かに体をゆすられたので仕方なく起きてみたら、なんか白い服を着たやたら髪の長い女が俺を見ていた。警察でもうちの親でもない。警察でもうちの親でもないのにこの俺の睡眠を邪魔するとは、不埒千万だ。寝起きでとてつもなく機嫌の悪かった俺は、そいつにアッパーカットを食らわせた。ドムッという鈍い音と共にアッパーカットをもろに受けたそいつは、のけぞって雲散霧消した。七不思議は七つだから七不思議なんじゃないのか。八不思議なんざ全く貫禄がない。
 時計を見るとまだ二時過ぎだったので、俺は寝直した。眠りにつき、ふと気がつくとジリリリと目覚まし時計が鳴っていた。今度こそちゃんと四時四十分だ。音楽室を出る。
 大鏡の前にたどり着き、ナップザックから手鏡を取り出した。因みに手鏡と言っても手のひらサイズではない、顔全体が十分に映るサイズの鏡だ。因みに母親のものである。
 それを低いガラス棚の上に、大鏡と向かい合うように置いた。合わせ鏡の完成だ。早速のぞき込む。……暗くて見えない。懐中電灯をナップザックから引っ張り出し、照明にしてもう一度のぞき込んだ。
 ……合わせ鏡が手鏡の範囲内しかないので、よく映らない。仕方なく、顔を半分枠の外に出した。これでようやく見えるようになった。
 しかし、何も変わりはない。だんだんと、これはデマだったのではないかという考えが、頭をもたげてきた。だいたい音楽室の女で既に七つ目の怪奇は終了しているのだ。これ以上あろうはずがない。
 そう結論づけてしまうと、急に自分に腹が立ってきた。根拠のないデマに踊らされるなんて、俺はいったい何をしているんだろうか。不甲斐なさすぎる。
 どうしようもなくむしゃくしゃしていると、ふと大鏡の中、連なる自分の顔のある一つが、ムンクの叫びのように痩せこけているのが見えた。俺はこんなダイエットしすぎたような顔じゃない。鏡の癖に真実を表さないとは不良品め。処分してくれる。
 俺はバットをナップザックから抜き、大鏡に向けて、昨日から数え三度目となるフルスイングを行った。ギャリンッ、という音とともに、大鏡にくもの巣状の、無数のひびが入った。同時に合わせ鏡も破綻した。
 手鏡も割ってやろうかと思ったが、流石にそれは母親の私物なのでやめておいた。母親の怒りを被るのだけはごめんだ。
 鏡の破片が服についていない事を確認し、俺は学校を後にした。家に帰った頃には、既に朝日の最初の光が空に伸びていた。


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