友が唄を歌っている夢を見た。まだ友が病に蝕まれる前、随分と昔の夢だった。目を覚ました瞬間にその夢は霧散してしまったため、何の唄だったかまではどうしても思い出せない。数え歌だったかもしれないし、童歌だったかもしれない。ひょっとすると何処かで覚えた遊び歌であったかもしれない。現に生きる三成にはどれもが正解のように思えたし、間違いのようにも思えた。
 普段は昼過ぎに友の部屋を訪れる三成だったが、今日は羽織りを一枚だけ上に着て部屋を出た。顔がすぐに見たかった。廊下へと足を踏み出した瞬間、冷たい風が三成のすぐ脇を駆け抜けていく。素肌を撫でるその腕に身を縮めた。夜が明けてから幾ばくかしか時が経っていない朝の空気は、ぴん、と張り詰められている。空気を裂かぬよう、一歩ずつ友の部屋へと向かった。
 薄く影を纏う襖に手を掛け、開ける。三成よりもずっと早くに起きていたらしい友は、もう既に面と甲冑を身に付けていた。
 表情の窺えぬ面が三成の方を向く。それから不可解そうに小首を傾げて、目を細めた。

「何用か」

 低く、掠れた声。いつも聞いている声であるはずなのだが、三成は違和感を覚えた。その一瞬の後、ああ一晩中唄を聴いていたからだ、と気づく。夢の中の友の声は、病に声帯をやられる前の声であった。
 しかし夢の声も現の声も、友の声に変わりはない。

「歌ってくれ」

 三成は言った。友は細めていた目を大きく開いて、ぱちぱちと二度瞬きをする。

「何ゆえかは解せぬが、唄が聴きたいなら芸者を呼べばよかろ」
「いらん。私が聴きたいのは貴様の唄だ」
「……物好きよの」

 友はため息をついた。

「何の唄がいい」
「歌ってくれるのか」
「ぬしのためよ、上手くは歌えぬがな。……で、何の唄がいい」

 数え歌も童歌も遊び歌も、三成の頭の中には多数の候補が上がった。己が唄の名などという細かいことを覚えていることに驚く。十数ある候補を思い浮かべ、しかしひとつに絞りきれずに三成は言った。

「刑部の好きな唄がいい」

 三成の言葉に、友は笑った。いつものわざとらしい皮肉な笑みではなく、ふっと気の抜けるような笑みであった。

「よかろ」

 そして響いたのは、小さく囁くような、古い子守唄。


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