『生物』





 石田は雑音を嫌う。特に機嫌を悪くするのは平日の朝十時を過ぎた頃に流れるくだらないバラエティだ。ダイエットがどうの夫の浮気がどうの、主婦の好みそうなそれらの内容は石田の常に尖っている神経を逆撫でするらしい。
 現在の時刻はちょうど朝十時過ぎ、テレビが流すのはそのくだらないバラエティ。ソファに隣り合わせで座る石田が今にも液晶を破らんばかりの殺気を発して画面のタレントを睨み付けているものだから、チャンネルを変えねばと大谷は手元のリモコンのボタンを適当に押した。かん、とナイス・ショットを打ったゴルファーが画面いっぱいに写し出される。ギャラリーの歓声。雑音に加え、娯楽。白い額に青筋が浮かぶのが見えた。わかりやすすぎる反応に、大谷は思わず吹き出しそうになるのを堪える。

「三成、このテレビは半兵衛様の私物よ」

 石田の手が愛用の木刀に伸びるのを見て、大谷はわざとらしい嘘を吐いた。分厚いブラウン管のテレビなど、組で二番目の力を持つ者の私物であるわけがない。そんな嘘に騙されるほど石田は馬鹿ではなかったが、尊敬する人物の名を出されては切り捨てるわけにはいかない。フン、と石田は鼻を鳴らしてソファから立ち上がった。どこへ行くのやらと視線で黒いスーツの後ろ姿を追うと、その手が冷蔵庫に伸びているのを見つけた。食に興味などないくせに、石田は苛立つと冷蔵庫の冷気に当たろうとする。電気代が、などと言ったところで苛々した石田に言葉は通じないし、からかったのは他でもない大谷自身である。大谷は苦笑混じりにため息をついた。
 石田は性格に難あり、大谷は健康に難あり。よってふたりが『商売』を任されることはまずない。ふたりが動くのは口止めや抗争など実力行使が必要な時だけであり、石田の太刀筋も大谷の策も、頭たる豊臣は大きく買っている。が、そんな物騒な仕事が入ってくるのは月に一度か二度か。それ以外の日のふたりはこうして組の支部である煙草臭いビルの一室でぶらぶらと談話しているだけなのである。良く言えば待機、悪く言えば無職。ニートと呼ばれても反論はできない。
 大谷が二度目のため息をついてテレビの電源を落とした瞬間、「いきもの?」と石田が唐突に呟いた。その声音に先ほどの苛々の響きはなく、逆に疑問を持った小学生のように間の抜けた響きを持っていたものだから、大谷は驚いて石田の方を見た。ソファの下に置いていた杖を拾い上げ、立ち上がり、本来の機能をほとんど失った足を引きずるようにして石田の傍へ寄る。石田は冷蔵庫に入っていたらしい発泡スチロールの箱を手に持っていた。中身は蟹か、魚か。どちらにせよ開封されていないものを勝手に開ける自由はふたりにはない。その箱に『生物』のシールが貼ってあるのを見つけて、大谷はああと納得した。

「それは『なまもの』と読む」
「『いきもの』とも読むだろう」
「『いきもの』に火は通せぬが、『なまもの』には火が通せる。ゆえにこれは『なまもの』よ」

 大谷の説明に、石田は眉根を寄せる。

「私たちも『なまもの』だろう。炙れば焼ける」
「焼いたところで食えねば意味がなかろ。ぬしは脂がなくて不味かろうし、我はこの病があるからの、とても食えるものではないなァ」
「では、この世で『いきもの』とは私と貴様のふたりだけではないか」

 一体どのような思考をして、どの過程を省けばその結論に至るのか。大谷は笑ってしまった。石田が大真面目な顔をしているのも更に可笑しい。白い額にまた青筋が浮かぶのを眺めながら、この世で石田とふたりだけというのはどんな生活になるのだろうと考えた。あまりに想像がつかないものだから、大谷はその思考も一緒に笑い飛ばすことにした。


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