※学パロ
※家→三→吉





 三成の携帯電話が鳴った。着うたでも着メロでもない、ただ黒電話の鳴るような音。自転車の鍵穴に小さな鍵を差し込んでいた彼は、周囲をきょろきょろと見回して自転車置き場周辺に教師がいないことを確認した。それから慣れた様子で学ランの右ポケットから携帯電話を取り出す。黒いフォルムのスライド式携帯電話だ。ストラップも何もついていない。三成は骨張った親指で着信のペアキーを押し、教室では絶対に見せない優しい顔で通話を始めた。
 マナーモードにしておけばいいのに、と思う。いや、ショートホームルーム中に送ったメールで彼の携帯電話は鳴らなかったから、ちゃんとマナーモードにはしているのだろう。たったひとりからの着信以外を。
 家康は三成が通話を終える頃を見計らって自転車置き場へ足を踏み出し、自転車に乗ろうとしたその黒い袖を慌てて掴んだ。「三成」とその名前を呼ぶ。三成は心底不快そうな顔で「何だ家康」と答えた。その顔を今すぐ写メってやりたいと家康は思う。さっき通話をしていた顔と、百八十度違うじゃないか。

「ワシが送ったメール、見てないだろう」
「メール?」

 三成は眉間に皺を寄せて、また右ポケットから携帯電話を取り出した。スライドさせて、ディスプレイを見て、ああ、と呟く。たったひとりからの着信には気づくくせに、同じ画面に表示されていた『新着メール1件』の文字に気づかなかったらしい。これが他の者ならふざけるなと怒ってもいい話だが、三成ならよくあること、しかもその様子を間近で見ていた家康は仕方がないで済ませてしまう。それに大した内容ではないのだ。たまには一緒に帰らないか、ファミレスに新しいデザートが追加されたんだ、奢ってやるから少し付き合え、というくだらないメール。
 ぽちぽちとゆっくりした動作でメールを読み終わった三成は「悪いが」と切り出した。これも三成ならよくあること。だから家康は、その口が断る理由を言う前にこちらから言ってやる。

「刑部が呼んでるんだろう?」

 己の言葉が痛い。『刑部』という言葉に少し緩んだ三成の表情も、何故か睨まれた時よりもナイフのようで痛い。
 痛くて痛くて仕方がなかったものだから、家康は思わずその頭をくしゃりと軽く掴んだ。きちんとセットした髪を乱された三成は思い切り顔を歪める。まるで敵を威嚇する小動物のような顔だと家康は思って、その発想に自分で笑った。この男は小動物のように可愛いものではないし、力で引き寄せられるものでもない。
 三成は不快だと言わんばかりに家康の手を払って、ぐしゃぐしゃの髪のまま自転車に乗った。三成の同居人は、その髪を見てきっと驚いた顔をするだろう。そして三成はこの経緯を語るに違いない。家康が、家康は、と家康の名前を繰り返す様を想像する。三成について報われたことのない家康には、たったそれだけのことが充分に嬉しい。

「じゃあ、また明日。刑部によろしくな」
「……ああ」

 手を振って、同居人のもとへ帰るその背中を見送る。自転車置き場の意気地なし、今日も惨敗。


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