以上が黒田官兵衛の書いた小説である。ここで先に書いたことを訂正したい。大谷吉継に直接話を聞きたい読者諸君は××村の××精神病院へ行けと書いたが、そこに彼はもういないのだ。官兵衛がこの小説を書き上げる前に、流行りの風邪をこじらせて死んでしまった。
 その葬式には官兵衛も参列した。あの性格と病のことだから友などなかろうし、優しい小生が参列してやるか、とまぁそんな気持ちで葬儀場へ行ったのだが、そこには老若男女が四十人ほど集まっていた。誰も彼もが吉継の死を悼んでいる。あまりの人数の多さに、黒い上着を羽織っただけの官兵衛は肩身を狭くした。場違いとはまさにこのことである。
 辺りを見回しながら、この中で人間でないのが何人紛れ込んでいるだろうか、と官兵衛は考えた。が、途中で馬鹿らしくなって思考をやめた。誰かの死を悼むのに人間か妖怪かなんて関係ない。吉継は愛されていた、それだけのこと。
 吉継は最期の最後までひとりの男を案じていたのだと、参列者たちが噂をしている。なるほど彼らしい死に方だと官兵衛は思った。線香を上げ、その場を立ち去る。官兵衛は吉継の遺族でもなければ友人でもない、ただ古い知り合いで、小説の材料をもらっただけの関係だ。火葬場まで行ってその灰を眺め整理しなければならぬほど、重たい想いはない。
 しかしどういうわけか、官兵衛の足は葬儀場を出て五分ほど歩いた位置で止まった。まるで物の怪に憑かれたかのような衝動に襲われ、上着の内ポケットに入れた手帳を開く。そこに綴られているのは、今は亡き者の話した内容をそのまま写しただけの話。これから官兵衛が形にせねばならぬ、人間が妖怪を愛した話。
 やたらに妖怪の名が記された文字を追っているうちに、ああ死んでしまった、と官兵衛は思った。この話と全く同じものを本人から聞ける者はもういないし、吉継がどんなに憎たらしい男であるかを知れる者ももういない。そう思うと急に胸の内が空洞のようになって、官兵衛の足はまた勝手に動き始めた。方向は火葬場の方である。重たい想いなどないが、まだ昔の恨み辛みをぶちまけていないし、言いたいことだってたくさんある。心の中で吉継を本当に死なせてしまうには、まだ早すぎる。
 歩いて、歩いて、少し焦り始めたので走って。なんで火葬場がこんなに遠いんだと空を仰げば、灰色の煙がさらさらと天へ昇っているのが見えた。官兵衛は間に合わなかったのだ。つくづく運の無い男である。官兵衛は近くにあったバス停のベンチに座り、遠くから煙を見送ることにした。間に合わなくなってみれば、これが一番良い距離のような気がした。
 さらさらと昇っていく一本の煙は、風に揺れながら昇ってゆく。と、煙を眺めていた官兵衛の目に、その傍に佇む銀色の光が映った。始めは太陽の光が反射しているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。太陽と言うよりは月のような柔い光だ、と気づいた官兵衛は慌てて手帳を開いた。その光の名を、存在を、この世で官兵衛だけが知っている。
 光はしばらくきらきらと光った後、もとは吉継だった煙の中に消えてしまった。その行方はもう、天に昇ってみなければわからない。


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