魂とは即ち心の根こと。生まれた時から変わらぬ、己が己であるという証。それを他の世の住人に支配されますと一体どうなってしまうのか。ひょっとするとふたりの魂は、名を請い請うた瞬間に壊れて、どこかへいってしまったのかもしれません。いや、これは推測なのですがね。
 ふたりが馴れ合うのは『怪我が治るまで』の期限付きであったはずでした。朝起きて、少し語らって、昼寝をして、湯浴みに行き、夜もまた語らい、眠る。そんな生活をしている中で、どちらともが帰れ帰ると一言も言わなかったために、その関係はいつの間にか一年を越えておりました。
 そして吉継が倒れたのは、その一年と一ヶ月を終える頃でした。
 慌てて狸を訪ねた三成に、狸は今まで元気でいたのが奇跡だと言いました。あのような病を持ちながら、医者も薬もないこの世で生きていたのが奇跡であったのだと。実際人間の世に居た頃は月に何度も医者へ診てもらいに行き、毎食後に薬を飲んでいたのです。それが全くなくなって、どうして生きていられたのか。

「最初に言っただろう」

 狸は目を伏せて、最初に耳打ちしたのと同じことを言いました。

「死を覚悟しておけ、と」

 三成はひとつ声にならぬ言霊を漏らしました。全く、その通りであります。最初からわかっていたはずなのに、覚悟など一欠片もできていなかったのです。
 為す術無しの三成は、意識無く呻き続ける吉継の手を両手で掴んで、ただただ祈りました。自分の妖怪の力で助けられたらいいのにだとか、いっそ同じ妖怪にしてしまえる術があればとか、そんな言霊をぽろぽろ零しながら後悔をし続けました。三成はあの日吉継の名を請うておきながら、本当に支配されてしまうことを恐れて一度も名を呼んでやらなかったのです。一度ぐらい呼んでやれば良かった、こんなに中途半端になってしまうのなら何故関わってしまったのか。何故最初に落ちて行くこの小さな病躯を拾ってしまったのか。
 ぽろぽろぽろぽろと零してゆくうちに、きらきらの光もぼろぼろと剥がれて、その光の漂う部屋には真っ暗な三成と病に苦しむ吉継だけが残されました。どうしてこの身だけが、と吉継の口が吐く恨み言を聞きながら、三成は吉継の手を掴んだ両手に力を込めます。どうして病など、どうして人は我を恐るるか、どうして、どうして。
 吉継が目を覚ましたのは、三成が三日三晩手を掴み続けた、四日目の朝のことでありました。
 もう還らぬやもしれぬと狸に言われていた三成は大層喜び、飲み水を持ってくると立ち上がりました。剥がれてさまよっていた光はたちまちもとの宿り主へ戻り、真っ暗な表情にも生気が戻ってきております。吉継は部屋を出て行こうと歩みだした三成の袴の裾を掴んで引き止めました。

「しばし、傍におれ」

 みつなり、と名を呼ばれては、従わぬわけにはいきません。それに吉継は目を覚ましたものの、その顔にはまだ死相が貼り付いております。先ほどの喜びはどこへやら、三成はまた光をぼろぼろと剥がしながら、吉継の傍へ座りました。

「傍にいるだけでいいのか」
「良い」
「欲しいものは」
「ない」
「しかし、口が渇いているだろう」
「構わぬ。それより我は、ぬしと話がしたい」

 ひひ、といつものように独特の笑みを発する声は弱く、掠れております。「では何の話がしたい」と三成が問うと、「ぬしの今思っている話が良い」と吉継はまた笑いました。
 そうしてふたりは、やがてくる終わりの話をしました。

「人間は何故死ぬのだろうか」
「唐突よの」
「妖怪も死ぬが、人間ほど短くはない。病もない」
「そうよなァ。病を患った人間の命はとても短い」
「人間の世には死がたくさんあるのか」
「ある。至る所に溢れておる。ひひ、まるで塵のようにの」
「人間はどうやってそれを乗り越える?」
「はて、どうやるのやら。我にはわからぬ」
「私にもわからん。人間は誰かが死んだ時、どうするのだ」
「葬式をするのよ。火葬場に屍を持って行って、灰と煙にする」
「『そうしき』、『かそうば』?」
「葬式は死を受け入れるための儀式、火葬場は屍を火で焼くところよ」
「人間は屍を焼くのか」
「綺麗さっぱり、跡形が残らぬまで焼く」
「それで人間は死を乗り越えられるのか」
「さあ。しかし人間はいつもそうする」
「低俗だ」
「そう言うてくれるな。我らはぬしらほど生きぬゆえ、どうしても知識が限られる」
「……私には無理だ」
「ひひ、我も遺して逝くのは無理よの」

 ではどうするのかなど、最初から決まっていた話。ただそれを引き延ばしにして、馴れ合いすぎていただけのこと。まだずっとこのままでと強く願えば願うほど、寿命の短い人間は遠く離れてゆく。ふたりは指を重ねて、静かに目を閉じました。


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