と、そこまでワードに打ち込んで、あたしはふと顔を上げた。時刻は07:28:30。いつの間に夜が明けてしまったのか、外は冬間近の弱い陽が昇りすっかり明るい。彼氏――否、あれから五年経った今では旦那様である彼も、あたしが作文に熱中している間に出勤してしまったようだ。声を掛けてくれれば朝ご飯とお弁当を作ったのに。お詫びに晩ご飯は豪華にしてあげないと。
何故今になって五年前の出来事を、それも石田三成と大谷吉継のことを書き綴ろうと思ったのか、自分でもよくわからない。一昨日までのあたしは自分が覚えているだけで充分だと思っていたし、下手に形にして国にバレるのを恐れていた。しかし昨晩からのあたしは、彼らについての記憶が失われることの方を強く恐れたのである。
あたしは書けていた部分までを上書き保存し、パソコンを閉じて、思い切り伸びをした。一晩中キーボードを打っていた肩は重い。朝の真新しい空気を吸った肺が、ああ朝か、と思考よりひと足遅れて驚く。途端にあくびがひとつ漏れた。
今日は日曜日。仕事は休み。三歳になる娘を起こすにはまだ早いが、あたしには起こさなければならない家族があとふたりいる。悲鳴を上げる背中を無視して勢い良く立ち上がり、彼らの名前を呼んだ。
「三成、吉継」
最初はそれぞれ石田三成、大谷吉継とフルネームで呼んでいたが、五年間呼び続けた今では下の名前だけになっていた。プツッ、と電源の入る音がふたつ。しかしふたりの起動はとても遅いので、マスターであるあたしからふたりの目覚めを確認しに行かなければならない。
ダイニング・テーブルの上、コンセントの間近がふたりの寝床だった。手のひらに乗るほど小さなサイズのふたりは、寄り添い合うように座ったまま寝ぼけ眼でぼんやりしている。起動準備中のようだ。相変わらず仲が良い。
五年前。あたしと旦那は、石田三成と大谷吉継の二体を家庭用アンドロイドとして復活させた。旦那のデザインにしては可愛らしくデフォルメされたミニサイズのモデルのため、あたしは時々ふたりの元が戦闘用であることを忘れてしまう。旦那のこだわりで武器らしき装飾を付けてはいるものの、彼らにはもう戦闘機能はない。とはいえ根本的な設定や滅茶苦茶なプログラム構文はそのままにしてあるから、防犯ブザー代わりにはなるだろう。
ぱちり、とふたりの目が同時に大きく開いた。起動開始。ふたりはまずあたしではなくお互いの存在を確認し、小首を傾げるような仕草をしながら見つめ合う。
「ぎょうぶ。からだの、ちょうしは」
「いつもどおり、かわらぬ」
「それなら、よかった」
CPU容量軽減のために簡単なひらがなを使う彼らの会話に、毎朝のことながら笑ってしまう。ふたりとも機械であるというのに、石田三成は大谷吉継の体調を心配する。大谷吉継は機嫌良さそうにひひひと笑い、石田三成もそれを見て嬉しそうな顔をした。それからふたりはやっとあたしの存在に気づき、ああ思い出したと言わんばかりに目をひとつぱちくりさせる。慌ててダイニング・テーブルから飛び降りた石田三成の後を、輿をモーターで浮かせた大谷吉継がふよふよと追いかけた。
ふたりの主な仕事は家庭菜園の管理である。ベランダにプランターをふたつ並べて「左が三成の、右が吉継のね」と指示したにも関わらず、今日もふたりはふたつのプランターの上をちょこちょこと走って一緒に水をやり始めた。効率は悪いが、パセリも水菜もワイルドストロベリーもちゃんと育っているから、まぁいいか。
五年間ふたりを見続けてきたものの、あの時の石田三成が何を考え、外国人技術者がそのどこに影響されたのか、あたしにはまだわからない。石田三成についてわかったのは、髪への接触を嫌がることだとか、時々後ろを振り返って大谷吉継の姿を確認することだとか、そんな些細なことばかり。大谷吉継についても同じく、些細すぎて取り上げるのも惜しい。
しかしふたりを復活させたことを無駄だったとは思っていない。たぶん答えはすぐ傍に転がっていて、あとはあたしが気づくだけなのだろう。あと四十年は生きるつもりだし、彼らは機械であるから、時間はまだたくさんある。
プランターに水をやり終えたふたりは、また眠そうな顔をしてダイニング・テーブルの上に戻ってきた。ひとつ作業を終えただけだが、もうバッテリー残量が少ないのである。今は旦那の収入もあるし、そろそろ良いバッテリーに取り替えてやるべきかもしれない。ふたりはお互いの体から充電用のプラグを引っ張りだし、コンセントの上下に差し合いっこした。
充電が始まればお昼寝タイム。まだ起こしてから数十分しか経っていないが、そこはご愛嬌。ふたりは座り込み、身を寄せ合い、お互いがお互いに寄りかかるようにして眠りについた。
「おやすみ、みつなり」
「ああ。おやすみ、ぎょうぶ」